放射性物質・空間線量率Radioactivity and Air Dose Rate
(2021年 更新)
Q無人ヘリコプターを利用した測定から精度よく地上1 m高さの空間線量率を推定するという、機械学習について教えてください。
A原子力機構は名古屋大学と共同で、AI(人工知能)の一部である機械学習を活用し、無人航空機(UAV)で取得したビッグデータから、迅速かつ精度よく放射線マップを作成する、新たな放射線測定データの解析手法の開発に成功しました。
この手法を用いることにより、従来の手法に比べて30 %以上精度良く地上の放射線測定値を再現した放射線マップを作成することができました。また、これまで1 時間以上かかっていた解析作業を、数分で終えることができました。
これにより、福島第一原子力発電所周辺の避難指示区域における詳細な放射線マップを迅速かつ精度よく作成することができ、除染や避難指示区域解除などの科学的根拠として役立つことが期待されます。
従来、離れた位置からの放射線測定で得られたデータを用いて放射線マップを作成する場合、放射線検出機器の情報や、地形により変化する対象物からの距離、建物などによる遮蔽などの多くの情報を考慮し、専門知識を有する研究者や技術者がシミュレーションなどを行うことで、目的の場所の線量率や放射能を計算していました〔図2〕。このような手法は、環境中のような大量のデータを扱う際には手間がかかり現実的ではありませんでした。よって現場の経験や標準的な体系で計算した簡易的なパラメータを用意するなどし、線源分布などを推定してきましたが、換算精度に課題がありました。
福島第一原子力発電所事故以降、放射性物質の分布状況やその時間変化を明らかにするため、数多くの環境モニタリングが行われてきました。特に、空からアプローチするUAVのデータは、広範囲に放射線測定できるため、地理情報システムによるマップ化技術と組み合わせて線量率分布の把握に活用されてきました。上空からの放射線測定結果を地上値に換算する場合、地形が平たんで線量率分布が一定なエリアにおける測定値の比較で計算した簡易的なパラメータを設定することで対応してきました。しかし、このような換算手法は一定の精度を示すものの、地形や線量率の変化が複雑なエリアでは誤差が大きいという課題がありました。事故から約10年が経過した現在でも福島第一原子力発電所周辺では、避難指示区域が設定されており、そのようなエリアにおける詳細な放射線マップを迅速かつ精度よく作成することは、除染や避難指示区域解除などの科学的根拠として役立つと考えられます。
原子力機構では、そのような放射線測定における解析の課題を改善するため、上空からの放射線測定データの新しい換算手法について研究を行ってきました。今回、取得してきた過去の多くのデータを学習データとして使用し、機械学習のアルゴリズムにより、簡便かつ高精度な換算を実現する基礎的な検証を行いました。検証は、誰でも簡便に活用可能なように市販の機械学習ソフトウエアを用い、学習パラメータの特徴やその結果の精度について評価しました。
機械学習のアルゴリズムには、市販の機械学習ソフトウエアであるNeuralWorks Predict (米国NeuralWare社製) を利用しました。本ソフトウエアは、Microsoft社製のExcelの機能拡張として使用することができ、データが扱いやすい特徴があります。本ソフトウエアを利用し、これまで原子力機構で取得してきた上空でのγ線スペクトルデータをエネルギーごとに分割した計数率と、地表面とヘリの位置までの距離の情報を入力し、地上における空間線量率を出力するニューラルネットワークを構築しました(図3)。ニューラルネットワークを使用した学習では、出力される値と正解値との誤差を計算し、出力値が正解値に近づくようにニューラルネットワークのパラメータを調整し、最適な換算が行えるニューラルネットワークを構築します。学習し最適化されたニューラルネットワークを介して、上空で得られた放射線測定データが地上の空間線量率として換算されます。
精度の良い換算を行うためのニューラルネットワークの構築条件を評価するため、必要となるトレーニングデータ(上空測定値と地上測定値の組み合わせ)の数とニューラルネットワークのパラメータ(層数)について評価を行いました。まず、ニューラルネットワーク構築におけるトレーニングデータ数を変化させ、トレーニングデータ数の増加に伴う換算結果の精度を検証しました。精度検証には、UAVと同じ地域で取得した地上の空間線量率を正解値とし、換算値と正解値の誤差(RMSE)の平均値を使用しました(図4)。図4に示したトレーニングデータは、測定高度が50-60 mであり、TD1は放射線の計数率が5000 cps以下のデータ、TD2は 5000-10000 cpsのデータを抽出し、機械学習を行いました。
結果として、200 個以上のトレーニングデータ(例:50-60 m、0-5000 cpsのトレーニングデータが200 個)があれば一定の精度に収束(図4左: RMSE値が一定となる)ことが分かりました。
また、ニューラルネットワークの層数を変化させ、換算値と正解値の誤差の変化を確認した結果、10 以上の隠れ層があれば一定の精度(図4右: RMSE値が一定となる)に収束することが分かりました。これらの検証結果を元に、実際の測定データに適用するニューラルネットワークを構築しました。
機械学習で構築したニューラルネットワークを用いて、1F周辺で取得したUAVによる放射線測定データを解析し、放射線マップを作成しました。また、比較用に、従来の手法である、簡易的なパラメータにより換算した放射線マップも作成しました。作成した2つの放射線マップを図1に示します。従来の手法による放射線マップと比較して、機械学習を使用した放射線マップは線量率の分布が細かく可視化されていることが分かります。この機械学習を適用した放射線マップの精度を数値的に検証するため、地上で放射線測定したデータ(正解値)と換算値を比較しました。換算値と正解値の誤差(RMSE)を計算すると機械学習を使用した結果は、0.66 となり従来の手法 (1.00) と比べて34 %の向上が確認できました。従来の手法と比較して、機械学習を使用した結果は、地上の放射線測定値との誤差が減少し、全体的に精度が向上していることが分かりました。
また、その精度を確認するために図1の右側に [(上空の放射線測定結果)-(地上の放射線測定結果)]/ (地上の放射線測定結果)で定義した相対変化率のヒストグラムを示します。相対変化率は0に近いほど地上値との整合性が良いことを示します。従来の手法の相対変化率は山が2つ重なったような形状をしているのに比較して、機械学習は 0 付近をピークとした分布を示しています。このように誤差の平均値だけでなく、エリア全体的に精度が向上していることが分かります。これらの結果から、機械学習による換算の手法は従来の手法より、より精度よく放射線分布のマップ作成が可能であることが確認できました。
また、これまで同範囲の放射線測定データを処理するのに1 時間以上の時間を要していましたが、本手法は、あらかじめ学習済みのネットワークを準備することによって、今回の放射線測定範囲すべてを計算させても数分で完了することができます。この計算スピードの速さは、将来的にリアルタイムにデータを解析することも可能とします。
- 機械学習:
機械学習は、データの数学的モデルを使用して、直接的な指示なしでコンピューターが学習できるようにするプロセス。機械学習は人工知能の一部であると見なされる。機械学習では、アルゴリズムを使用してデータ内のパターンを識別し、そのパターンを使用して、予測を行うことができるデータモデルを作成する。 - ディープラーニング:
機械学習の一種であり、人間がデータを編成して定義済みの数式にかけるのではなく、人間はデータに関する基本的なパラメータ設定のみを行い、その後は何層もの処理を用いたパターン認識を通じてコンピューター自体に課題の解決方法を学習させる。 - RMSE (Root mean square error):
平均平方二乗誤差。で定義される。本論文では、地上値と上空のデータを基に換算した数値を場所ごとに計算し、その平均誤差を算出。 - ニューラルネットワーク:
ディープラーニングで構築されるネットワークを指し、ニューロンに相当する基本素子を結んでいる配列網。人間の脳神経系を解明し、それを技術の力で実現しようとする試みで、各素子の重みベクトルを変化させることにより、人間と同様に学習することができる。