福島周辺における空間線量率分布の特徴

※本解説はRadioisotope,64,9,p.589-607.(三上ほか、2015)による。

1. はじめに


 東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、「福島事故」という。)で放出された放射性物質は東日本の広い範囲に沈着し、沈着した放射性物質からの γ 線により環境中の空間線量率が増加した。空間線量率の増加量は、放射性物質の沈着量に応じて様々であり、事故直後には地上1mで100μSv/hを超える地域も存在した。事故直後に空間線量率に有意に寄与した放射性核種は131Iを含み複数存在したが1)、事故後数か月経過した時点では放射性セシウムによる寄与が大部分を占める状況となり2)、その後は放射性セシウムの物理的減衰や、風雨等により放射性セシウムが運ばれるウェザリング効果、除染等の影響で空間線量率が変化してきた。
 空間線量率の地域的な分布を見ると、よく知られているように福島第一原発から北西方向に空間線量率の高い地域が存在するとともに、福島県の中央を南北方向に貫く郡山盆地に沿って相対的に空間線量率の高い地域が存在する。また、福島第一原発から遠く離れた茨城県の南部から千葉県の北部にかけて、さらに、宮城県の北部から岩手県の南部にかけて等、周囲に比べて空間線量率の高い地域が飛び地的に存在する3),4)
 狭い地域に目を向けてみると、事故により放射性物質の沈着が起こった地域の特徴として、場所により急激に空間線量率が変化する部分があることが挙げられる。急激な空間線量率の変化は数十~数百mの範囲で起きることもあるし4)・5)、さらにスポット的に線量率が高いところも存在する。特に家屋周辺の線量率は放射性セシウムの移動により局在化することがしばしば起こることはよく知られている6)
 空間線量率の経時変化についてみると、全般的な傾向として、少なくとも人間の活動が関係する地域においては、物理的半減期よりも明らかに遠く空間線量率が減少してきた。土地利用分類が、都市域や水域に分類される地域では空間線量率の減少が遠く、森林に分類される地域、特に針葉樹林においては減少が遅いことが、空間線量率の統計的な解析から明らかになっている7),8)
 本稿では、国からの委託で継続的に実施されてきた放射性物質の分布状況等調査(マップ事業)、航空機モニタリングやその他のデータを参照しながら、空間線量率の地域的な特徴と経時的な特徴について紹介する。

2. 空間線量率分布の特徴


2.1 空間線量率の分布

 広域の空間線量率分布を信頼のおける手法で大規模に測定した例としては、モニタリングポストによる連続測定9)、マップ事業における平坦地上の空間線量率分布測定及び走行サーベイ6)・8)・10)・11)、独立して行われてきた航空機モニタリング12)、福島県が主体となって実施している公共のバス等を利用した連続測定等が挙げられる13)-15)。これら異なる方法による環境調査はそれぞれの特徴を有しており、目的に応じて情報を使い分けることが必要となる。
 広域にわたる空間線量率分布状況の概況を把握するのには航空機モニタリングのデータが適切である。図1は、2013年11月の時点における航空機モニタリングにより測定した地上1mの空間線量率分布を示している4)。東日本の広域にわたる現在の空間線量率分布の様子が把握できる。

図1 航空機モニタリングによる地上1m高さの空間線量率
(放射線量等分布マップ拡大サイトによる2013年11月19日時点のマップ)4)

 航空機モニタリングにおいては高度300m程度で飛行し測定した結果を地上1mの値に換算している12)。数百m以上の半径からやってくる γ 線の平均的な値を測定しているため、位置分解能は高くない。地上の特定の地点の空間線量率を測定するのには、地上における測定が必要になる。地上の広域空間線量率分布を詳細に測定する方法として走行サーベイがある。マップ事業においては京都大学原子炉実験所が開発した走行サーベイシステムKURAMA16)-18)を活用して広域サーベイを行ってきた11)。図2は、2013年11~12月に行った走行サーベイの結果を示している8)。自動車の車内に設置したKURAMA-Ⅱシステムで測定した空間線量率を車外の値に補正した上で100mメッシュごとに平均した結果を示している。航空機モニタリングでは観察できない細かな線量率の変化が観察されている。
 走行サーベイでは道路上で測定を行っているため、道路における放射性セシウムの分布が測定結果に強く反映されるが、道路周辺からやってくる γ 線も測定される。道路に沈着した放射性セシウムは風雨等により除去されやすい傾向があることがチョルノービリ(チェルノブイリ)等過去の研究でわかっている19),20)。したがって、道路上で測定した走行サーベイによる空間線量率は、周囲に比べて低めに出る傾向がある
 一方、長期間にわたり状況が変化しにくいことが予想される平坦な土地を選んで、標準となる空間線量率の測定(定点測定)が行われてきた。図3左に事故直後の2011年6月時点の、右には2013年11月時点の、平坦地上の空間線量率分布を示す。

図2 走行サーベイによる地上1m高さの空間線量率
(2013年11~12月) (文献8)より抜粋)

図3 撹乱のない平坦地上で測定した空間総量率分布
(左:2011年6月3)、右:2013年11月) (文献8)より抜粋)

 この期間に空間線量率が明らかに減少していることがわかる。平坦地での測定結果は航空機モニタリングや走行サーベイに比べて測定地点の密度は低いが、特定の地点である程度の時間をかけて測定した結果であり、その地点の代表的な空間線量率を表していると考えられる。走行サーベイによる空間線量率と平坦地上の空間線量率の関係を図4に示す。走行サーベイの100mメッシュ内に定点測定地点がある場合に比較を行っている。測定結果には明らかな相関があるが、平坦地上の空間線量率は道路上に比べて2013年11月の時点で1.3~1.4倍程度高いことが確認された。
 航空機モニタリング、走行サーベイ、定点測定等の測定データを補間するために、2013年度からKURAMA-Ⅱを背負って歩く歩行サーベイが開始された。定点測定や走行サーベイでカバーできない地域の地上で直接に測定した空間線量率分布を得ることができる。
 図5は走行サーベイの結果を平均する100mメッシュと歩行サーベイの結果を平均する20mメッシュとが重なる場合にそれらの空間線量率を比較したものである。両者には相関があり、歩行サーベイのほうが走行サーベイに比べて1.2倍程度高い結果となった。歩行サーベイはいわゆる生活道路を中心に舗装されていない道路や道路の端を歩く場合が多いことによると考えられる。

図4 定点での地上1m高さの空間総量率と走行サーベイによる空間総量率の関係
(測定値の積算値による比較と散布図を示す) (文献8)より抜粋)

図5 歩行サーベイによる空間線量率と走行サーベイによる空間線量率の関係
(測定値の積算値による比較と散布図を示す) (文献8)より抜粋)

 また、航空機モニタリングと平坦地上の結果を比較すると、平均値では測定誤差範囲内で一致するが、その比率は数分の一から数倍までの範囲で変動する21)。空間線量率データを利用する際には、それぞれの測定手法の特徴を理解した上で使用することが必要である。

2.2 空間線量率の経時変化

 空間線量率の経時変化は土地の利用状況と測定手法により異なる傾向を示している。2011年の6月に規格化した平均空間線量率の経時変化を図6に示す。撹乱のない平坦地上での測定結果と走行サーベイとは全く異なる経時変化の傾向を示している。平坦地上の空間線量率は半減期による物理的減衰よりも少し遠く減衰するのに対し、走行サーベイにより測定した道路上の空間線量率は物理的減衰や平坦地上に比べてかなり遠く減衰してきた。
 路上や道路周辺に沈着した放射性セシウムはウェザリング等により除去されやすいために、走行サーベイのデータは事故直後から急速な線量率の減少を示してきたと考えられる。ただし、2013年のデータでは空間線量率の減少傾向が頭打ちになりつつある状況が現れ始めている可能性がある。これは、道路周辺の除去されやすい放射性セシウムがほぼ除去されてしまい、動きにくい放射性セシウムが残留しているため空間線量率の減少傾向が減速していることを示唆するものかもしれない。この傾向の解析は、後ほど説明する空間線量率の将来予測モデルの開発に間しても重要な事項である。
 空間線量率の減少傾向は土地の利用状況によって大きく異なる。図7は走行サーベイの結果を2011年6月と2013年11月で比較した空間線量率の散布図であるが、回帰直線の傾きからわかるように、国土交通省の土地利用区分で建物用地に分類される地域では空間線量率の減衰が速いのに対して、森林域では減衰が遅いという結果が得られている。前述したように都市を構成する人工環境では放射性セシウムが動きやすいのに対し、森林、特に針葉樹林では放射性セシウムが動きにくいという、放射性核種の移行研究の知見と一致するものである20)
 空間線量率の減少傾向は空間線量率の初期値により異なる傾向を示すことが明らかになった。図8は2011年6月の走行サーベイによる空間線量率に対する2013年11月の空間線量率の比率を、2011年6月の空間線量率の範囲ごとに示している。特徴的なのは、空間線量率が0.25μSv/h以下の地域では空間線量率の減少が遅く、場所によっては放射性セシウムの物理的減衰傾向よりも減少が遅い地点も多く存在することである。この傾向は、天然放射性核種からのバックグラウンド線量率を除外しても見られる。この事実は、放射性セシウムが移動の収支全体として沈着量の高いところから低いところへ動いていることを示唆するものと理解される。
 さらに、中間の空間線量率域(0.25~2.0μSv/h)において最も空間線量率の減少傾向が大きい。このことは、除染も含めて人間の活動が空間線量率の減少に大きくかかわっていることを示す現象であると考えられる。2.0μSv/h以上の空間線量率の地域では、空間線量率の減少傾向が少し遅くなる。

図6 2011年6月に規格化した平均空間線量率の経時変化
平坦地上1m高さにおけるサーベイメータによる定点測定(◆)と走行サーベイによる結果(■)を放射性セシウムの物理的減衰の曲線とともに示す。
(文献8)より抜粋

図7 2011年6月と2013年11月の走行サーベイ結果の関係
(左:全体、中:森林、右:建物用地) (文献8)より抜粋

図8 道路上の空間線量率の範囲ごとの変化の割合
(文献8)より抜粋)

3. 放射性核種沈着量分布の特徴


3.1 放射性核種ごとの沈着量分布

 2011年6月以降、マップ事業の中で放射性核種の沈着量分布が経時的に調べられてきた2)-4)・6)-8)。第1回目の測定においては、多量の土壌試料を収集して固定式Ge検出器を用いた分析を実験室で実施した。この調査には多くの大学及び研究機関から多くの研究者が参加して土壌の採取と分析を実施した2)、3)2011年の12月以降には、土壌試料を採取するのではなく、可搬型Ge検出器を環境中に持ち出して行う in situ 測定により沈着量を直接に測定した6)-8)、22)
 11年6月の調査では134Cs、137Cs、110mAg、131I、129mTeの沈着量分布マップを作成することができた。いずれの核種も福島原発の北西方向に沈着量の高い地域があり、郡山盆地と原発から南方にも比較的沈着量の高い地域が広がっている状況が明らかになった2)。図9には2011年6月及び2013年12月の時点の137Csの土壌沈着量を示している。撹乱のない平坦地における137Csの沈着量の変化は小さく、3・2で見るように地中方向へ少しずつ移行している。現在、図10に示すように、空間線量率と放射性セシウムの土壌沈着量には非常に強い相関が見られる。すなわち、現在の空間線量率はセシウムの沈着量でほとんど説明できることがわかる。図9の2013年12月の土壌沈着量マップはこの相関関係を利用し空間線量率から沈着量を評価した結果を重ねたものである。

図9 137Csの土壌沈着量マップ
左:2011年6月 (文献3)より抜粋)、右:2013年12月 (文献8)より抜粋)

図10 撹乱のない平坦地における空間線量率と137Csの沈着量の関係
(2013年11月) (文献8)より抜粋)

 福島事故に起因した134Csと137Csの比率は一定に近い値を示すことが知られているが、比率の分布を詳細に調べてみると、地域により比率が微妙に異なることがわかってきた22)。図11は東日本広域にわたって可搬型Ge検出器を用いた in situ 測定データに基づく134Cs/137Csの比率の分布である。原発近傍における比率が全体的に高い、福島県中通りから群馬県に至る相対的に空間線量率の高い地域で比率が低い等の特徴がうかがえる。  沈着量の比率は、放射性核種の放出源、放出経路や沈着経路と関係している可能性があるため、これらの推定に有用な情報を提供することが期待される。その他、 α 線放出核種である238Pu及び239+240Pu、 β 線放出核種である89Sr及び90Srに関しては、毎回100個程度の土壌試料を選んで放射化学分析により定量を行った。その結果、主に福島原発の北西方向に、今回の原発事故に由来すると考えられるプルトニウムが観測された。 238Puと239+240Puの比率により、福島原発事故由来のプルトニウムであることが確認されているが、沈着量の大きさは核実験に起因するフォールアウト核種と同じ程度である。放射性ストロンチウムについても状況は同じで、事故由来のストロンチウムが検出されたが沈着量は核実験フォールアウト核種と同程度である3)・6)・8)

図11 土壌に沈着した134Csと137Csの比率
134Cs/137Cs比が0.785を超えた地点を赤色で、0.785以下の地点を青色で示す22)

3.2 線深度分布の特徴量率特性

 地表面に沈着した放射性核種は時間とともに地中に移行していき、その放射性核種濃度は、多くの場合深さ方向に指数関数に近い分布を示す。福島原発事故の後に行われてきた広域調査でも、相当数の個所で地中の放射性セシウム濃度は指数関数に近い分布をすることが観察されている。福島原発周辺における典型的な放射性セシウムの地中深度分布の例を図12に示す。

図12 福島原発周辺における典型的な放射性セシウムの地中深度分布の例
(文献8)より抜粋)
000N040、005S040、015S035はマップ化のために調査範囲を5km×5kmのメッシュに分割し付したID番号3)

 多くの地点では図中a)とb)に示すように指数関数に近い深度分布を示しているが、一部にはc)のように、地表面から一定の深度に濃度が最大値を持つ深度分布が観察されている。また、砂地等、放射性セシウムの保持能力が低い土地や何らかの理由で土壌の撹拝が行われたと考えられる地点においては、深いところまで均一な分布も観察されている。
 放射性セシウムの地中への浸透の度合いの指標となる緩衝深度 β (g/cm2)は経時的に増加する傾向が示されている。緩衝深度とは、地中の放射性核種濃度が地表面の濃度に比べて約37%(=1/e; eはネイピア数)になる重量深度のことである。図13には、福島事故後の80km圏内85地点で調査した、放射性セシウムの地中深度分布から導出した緩衝深度 β の経時変化を示した。経時的に緩衝深度の分布が大きいほうにシフトしてきたことがわかる6)-8),23)
 図14には各調査時期における実測に基づく緩衝深度を考慮してPHITSコード24)でシミュレーションした空間線量率を、平坦地上においてサーベイメータで測定した空間線量率の平均値と放射性セシウムの物理的減衰による減少曲線とともに示した。緩衝深度を考慮した計算値と実測値の減衰率がよく一致することから、図6に示した放射性セシウムの物理的減衰による曲線とサーベイメータによる測定値の差異は、緩衝深度の漸増に伴う土壌による遮蔽効果で説明できる。
 放射性セシウムは経時的に地中に浸透していっているものの、かなりの放射性セシウムはまだ地表面から5cm以内に存在するというデータが得られている23)

  • 図13 重量緩衝深度 β (g/cm2)の推移
    (文献8)より抜粋)

  • 図14 2011年6月に規格化した平均空間線量率の経時変化
    平坦地上1m高さにおけるサーベイメータによる定点測定による空間線量率(●)と各時期における放射性セシウムの深度分布を考慮してPHITSコードを用いて計算した空間線量率(◆)

4. 除染による空間線量率の減少の様子


 除染により空間線量率をどのように下げていくかは、将来の住民の生活や帰還を考えた時に切実な課題である。既存の除染手法により面的に空間線量率をどの程度低減できるかを確認するため、2011年から2012年にかけて国から委託を受けて除染モデル実証事業(以下、「モデル事業」という。)を行った。また、住民の中にある再汚染に対する不安解消のために、モデル事業の除染区域における継続モニタリングを実施して、除染効果の持続性確認を継続して行っている。これらのモデル事業及び継続調査でこれまで得られた知見について次に示す。

4.1 モデル事業による面的除染の効果

 年間積算線量が20mSvを超えるような地域を主な対象として、本格除染を効率的・効果的に実施する上で必要となる知見や技術、経験等を取得するため2011年度にモデル事業が実施された。放射性セシウムは、屋根やコンクリート面、枝葉、落葉などの表面に付着しやすく、 特に粘土に吸着されやすい特性を有しており、その多くは土壌の表層に留まる性質があることから、除染作業の大部分は人力による洗浄と農地の表土剥ぎ取りに代表されるような汚染箇所の除去により行われた25)。モデル事業で除染を実施した地区を図15に示す。なお、図中の避難区域については、モデル事業実施当時の区分を示している。

図15 モデル事業での除染実施地区
(避難区域についてはモデル事業実施当時の区分) (文献26)より抜粋)

 除染前の空間線量率が年間積算線量で20~30mSv程度の区域内でモデル事業を実施したケースでは、年間積算線量20mSvを下回る水準まで空間線量率を下げることができた。しかし、除染前の空間線量率が年間積算線量で40mSvを超える区域内で実施したケースでは、40~60%程度の空間線量率を低減することができたが、年間積算線量20mSvを下回る水準まで下げることができなかった。また、大熊町夫沢地区(除染前の年間積算線量が300mSv以上)では、農地、宅地において70%以上の空間線量率を低減することができたが、全体として、 年間50mSvを下回る水準まで空間線量率を下げることはできなかった。これは、モデル事業では除染実施エリアが限定されているため、周辺の未除染地域からの放射線の影響を受けることが一因と考えられる。

4.2 除染区域での除染効果の維持

 モデル事業を実施した地区のうち、環境省から調査実施の了解が得られた8市町村14地区を対象に空間線量率の追跡調査を行った。調査は、2012年10~11月に第1回調査を実施し、2014年4月までに6回実施した26)
 追跡調査は、NaIシンチレーション式サーベイメータによる定点測定とガンマプロッター27),28)を用いた歩行サーベイの2方法で実施した。
 NaIシンチレーション式サーベイメータによる定点測定では、周囲の未除染区域からの影響を確認しやすいと考えられるモデル事業の境界付近や道路を中心に、面積や地形等を考慮して地区ごとに10~30地点程度の測定点を設定した。各地区の空間線量率の平均値の推移を図16に示す。各地区の除染直後と第6回の調査結果を比較すると空間線量率の平均値が上昇している地区はなく、全地区で除染の効果は損なわれていないと考えられる。また、測定条件が統一された第1回調査以降は、第6回調査まで継続して空間線量率の平均値が徐々に低下していた。 第1回調査と第6回調査の空間線量率の平均値を比較すると14地区とも物理的減衰よりも遠く空間線量率が減少していた。特に、調査対象地区内及びその周辺で本格除染が行われた川内村貝の坂地区、楢葉町南工業団地等では、本格除染の効果により空間線量率の減少が加遠されていた。

図16 追跡調査地区の空間線量率の推移26)

 また、ガンマプロッターによる歩行サーベイでは、調査地区ごとに歩行サーベイルートを設定し、調査を行った。ガンマプロッターによる歩行サーベイでも、空間線量率が面的に低下していることが確認された。
 モデル事業やその後行われてきた本格除染の結果、除染により空間線量率が有意に減少すること、またほとんどの場合、除染により減少した空間線量率はその後も他の地域と同様に減少を続け、再汚染等により空間線量率が上昇するケースはごく限られることがわかってきた。

5. 環境半減期の解析結果


 福島周辺の空間線量率の経時的な変化傾向をもとに、環境半減期(ecological half-life)の解析が行われてきた7),8),29)。環境半減期は、物理的半減期による減衰を除外した上で、環境中の空間線量率が半分になるのに要する年数を示している。福島第一原発の周囲80km圏内で経時的に行われた大規模な走行サーベイの結果をもとに、環境半減期の評価を土地利用分類ごとに行った結果を表1に示す8)。これは、空間線量率の経時的な減衰を2成分(減衰の速い成分と遅い成分)の指数関数の組合せで表現し、遅い成分の環境半減期と割合を固定して解析した結果である。人工衛星から撮影した画像に基づく土地利用分類データALOSを利用して解析を行った。
 図17は環境半減期の逆数(環境での減衰の程度を示す)の頻度分布を小さいほうから積分して表した累積頻度分布である。この図の左寄りで曲線が立ち上がるほど、空間線量率の減少が遅く、右寄りで立ち上がるほど速いことを示している。土地利用分類による違いが明らかに見られており、森林、特に常緑樹林では減少が遅く、都市域及び水域では減少が速い傾向が明らかである。放射性セシウムの移行の調査では森林で放射性セシウムが動きにくいこと、また大きな出水時に放射性セシウムの顕著な移動が起きることが確認されており8)、これらの放射性セシウムの移動の知見と符合する環境半減期が得られている。

図17 減衰が速い成分の環境半減期の累積頻度分布
(文献8)より抜粋)

6. 将来の空間線量率分布の予測


 住民帰還などの復興に役立てるため、福島第一原発から80km圏内を対象に、福島事故30年後までの空間線量率を予測する分布状況変化モデルが開発されている8),29)。分布状況変化モデルは、空間線量率の原因となる放射性セシウム2核種(134Cs、137Cs)を対象とし、二つの環境半減期を指数とする関数として表現されている。避難指示区域内外では、人間活動などによる放射線場の擾乱程度が異なると想定されたため、走行サーベイにより測定された道路上の空間線量率の測定データをもとに、それぞれの区域に対して導出されたALOS土地利用分類ごとの環境半減期が適用されている。福島第一原発から80km圏内の100mメッシュ区画全てに対して環境半減期などのモデルパラメータを設定することにより、住民の生活圏での包括的な空間線量率の予測を可能にする。
 難指示区域内のALOS土地利用分類が「都市」に分類されたある地点の空間線量率を基準として、分布状況変化モデルによって予測された3ケースの空間線量率の経時変化を図18に示す。

図18 2013年9月27日(事故後2.538年)のある空間線量率を基準とした空間線量率経時変化予測
(ALOS土地利用分類が「都市」である地点)
(文献8)より抜粋)

 ケース1は避難指示区域内のALOS土地利用分類が「都市」の区域を対象にした走行サーベイの測定データをもとに導出した環境半減期(中央値)を適用した場合、ケース2は避難指示区域内で得られた走行サーベイ測定データより導出した環境半減期(中央値)を適用した場合、ケース3は放射性セシウムの物理的減衰による効果のみを適用した場合である。図に示されるように、ケース1、ケース2ともに、今後の空間線量率は時間とともに減少し、その程度は放射性セシウムの物理的減衰(ケース3)より大きくなることが示唆される。ここで適用している分布状況変化モデルにおいて、「都市(環境半減期(中央値)0.57年)」では「減衰が適い成分」の減少割合が大きいと評価されることにより、現時点ですでに「減衰が適い成分」が少なくなっているのに対し、「避難指示区域内(環境半減期(中央値)1.3年)」では未だ「減衰が速い成分」が残存していると評価されるため、現時点以降の空間線量率は「避難指示区域内(環境半減期(中央値)1.3年)」の方が低くなると評価されている。
 空間線量率の分布状況変化モデルは、福島事故後に得られた測定データを基盤とした環境半減期などのモデルパラメータを用いて、避難指示区域内外それぞれの生活圏において空間線量率分布を簡便に推定することが可能であるため、帰還などに向けた住民の将来設計等に役立つと考えられる。なお、分布状況変化モデルは、その後新たな測定データ・知見の取得に伴う見直しが行われており、本稿で紹介した内容が更新された部分もあるが、基本的なモデルの特徴は継続されている

7. まとめ


 福島事故後に継続的に行われた大規模な環境調査の結果により、空間線量率や土壌沈着量の経時的な変化傾向が明らかになってきた。この結果によれば、人間活動に関連のある地域では、除染の効果を含め、物理的減衰に比べてかなり遠く空間線量率が減少してきた。これは間違いなく良い傾向である。一方、森林や人の手の入らない平坦地等では放射性セシウムの動きは遅く、物理的減衰に近い速度で空間線量率が減少してきた。今後、この空間線量率及び放射性セシウム沈着量の減少傾向がどのように変化するのかをしっかり見極めることが、被ばく評価、除染方針の決定、住民の帰還に関する判断、住民の将来設計等にとって重要であり、今後も環境調査を継続するとともに、得られたデータのさらに詳しい解析を行い、役立てていくことが必要である。


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