福島周辺における大規模環境測定(2)
-土壌沈着量の分布と経時変化-

※本解説はFBNews, No.475, p.1-6.(斎藤, 2016年)による。

1. はじめに


 本稿では、福島事故後に分布状況調査1−6)の中で行われた大規模環境測定により明らかになった放射性核種土壌沈着量の分布と経時変化の特徴について紹介する。この中で、異なる核種間の沈着量比の地域的分布の特徴、事故直後の被ばくにおいて重要な寄与をしたと考えられる131Iの土壌沈着量マップの詳細化、土壌中の放射性セシウムの深度分布の調査結果等も含めて紹介する。

2. 事故直後の土壌沈着量の特徴


2.1 沈着量マップの作成

 事故直後に行われた第1回の分布状況調査1)では福島第一原発周辺の約2,200地点において約11,000個の土壌試料を採取し、Ge検出器による γ 線スペクトル解析を行った。さらにストロンチウムとプルトニウムに関しては、土壌試料を化学処理した後に β 線測定あるいは α 線測定を実施したが、化学処理に時間と労力を必要としたため、汚染が高い地域を中心に100程度の土壌試料を選んで分析を行った。これらの結果を基に、134Cs、137Cs、131I、129mTe、110mAg、238Pu、239+240Pu、89Sr、90Srに対する土壌沈着量マップを作成した。図1は2011年6月の時点の137Csの土壌沈着量マップである1,7)。福島原発から北西方向に沈着量の高い地域が存在するとともに、郡山盆地の沈着量が相対的に高いという、よく知られた特徴が見られている。

2.2 被ばく線量の概算

 検出された複数の放射性核種の重要度を判断するために、第1次分布状況調査で観測された最大土壌沈着量を基に、IAEAの報告書に示された線量換算係数8)を利用して、50年間に人間が受ける被ばく線量の概算が行われた。この係数は外部被ばく及び地表面からの再浮遊核種を吸入することによる内部被ばくの合計の線量を安全側に評価する。
 結果を表1に示す1)。この概算によれば、被ばく線量に寄与する最も重要な核種は137Csで、50年間に人間が受ける実効線量は2,000mSv、2番目は134Csで線量は710mSv*1、3番目は110mAgで線量は3mSvであった。ここでは沈着量が最も高い地点に人間が直立し続けるという、実際にはありえない想定の基に線量評価を行っており、現実にはこのような高い被ばくは起こらなかったことに注意する必要がある。
 ストロンチウムとプルトニウムによる線量は他の核種からの線量に比べて顕著に低いことが確認された。同位体比等から福島事故に起因すると判断されるストロンチウムとプルトニウムが検出されたが、土壌沈着量自体は事故以前に観測されていた大気核爆発実験に起因する同じ核種の沈着量と同じ程度であった。

*1 線量換算係数の値が訂正されたのに伴い再計算した値。報告書に示された値と異なる。

図1 2011年6月14日の時点の137Cs土壌沈着量マップ

表1 最大土壌沈着量を基に安全側に評価した50年間の積算実効線量

2.3 131Iのマップの精緻化

 第1次分布状況調査で131Iが有意に検出されたのは約2,200地点のうち400地点程度であった。131Iは事故直後の被ばく線量に重要な寄与をした可能性のある核種であることを考慮し、長半減期同位体である129IをAMS(加速器質量分析法)により定量し、131I沈着量マップでデータのない部分の沈着量を推定し、マップを精緻化する作業が村松らにより行われた4,9)
 土壌中の129Iと131Iが有意な相関関係を持ち、129Iを介した131I沈着量推定が適切に行えることを確認した後、第1次分布状況調査にて採取した土壌を対象に129Iの定量を行い、131Iとの相関関係を利用して沈着量を推定した。

図2 129IのAMS測定により精緻化された131I土壌沈着量マップ

図2に精緻化された131I沈着量マップを示す4)。80km圏内全域をカバーする詳細なマップが作成されている。

2.4 異なる核種の間の沈着量の比率

 放射性物質の放出を起こした福島第一原発の1~3号機の間で放射性核種の放出比率が異なる。さらに、同じ原子炉でも放出経路により放射性核種の放出比率が異なることがありうる。この核種間の放出比率の違いは、沈着量分布にも反映されるはずであるため、異なる核種間の沈着量比率を解析することにより、放出から沈着にいたる経路を明らかにする手掛りが得られる可能性がある。
 沈着量の比率の解析により、いくつか特徴的な地域分布が明らかになった。131Iと137Cs、および129mTeと137Csとの沈着量の比率をみると、福島第一原発の南方海岸線地域の比率が双方のケースとも相対的に高くなっており、この地域の沈着過程が他の地域と異なることが示唆される1,7)。また、110mAgと137Csの比率は、福島の郡山盆地から群馬、栃木と続く広い範囲でよい相関を示しており2,10)、この地域の汚染が同じプルームにより起きた可能性を示唆している。
 134Cs/137Csの比率の頻度分布をみると、2つのピークが観察されるが10)、これらのピークは炉内解析により得られた2号機と3号機のセシウムの放出比率にそれぞれ符合している。この比率を手掛りにして、2号機からのプルームによる沈着が重要である地域と、3号機が重要である地域を分類する試みが進行中である11)。図3は東日本広域にわたる134Cs/137Cs比率の分布を示しているが、地域により明らかな偏りがあることがわかる。

2.5 土壌沈着量と空間線量率の関係

 可搬型Ge検出器を用いた in situ 測定により求めた137Cs土壌沈着量と、同じ場所でサーベイメータにより測定した空間線量率の関係の例を図4に示す10)134Cs及び137Csの土壌沈着量と空間線量率との間に強い相関関係が見られる。このことは、放射性セシウムが空間線量率に主に寄与していることを示唆している。一方、土壌試料から求めた土壌沈着量と空間線量率の間には、 in situ 測定結果ほどの強い相関関係は得られない1)。これは、放射性セシウムの沈着量が局所的に変動すること、一方、 in situ 測定では測定地点周辺の沈着量平均値を測定できていることを表している。

  • 図3 134Cs / 137Csの土壌沈着量比率の地域分布

  • 図4 134Cs及び137Csの沈着量と空間線量率の関係

2.6 土壌試料の保管・管理

 事故直後に採取された多数の土壌試料は、放射性核種の量だけでなく化学的な形態等、事故直後の放射性核種と土壌の状態の情報を残す重要な試料である。このため、分布状況調査の中で採取された土壌試料は、厳重に密封され採取場所の情報や分析等の経歴に関する情報とともに保管・管理されている。適切な目的がある場合には、これらの土壌試料を用いた分析を再度行うことができる。実際に2.3で述べた131Iマップの精緻化は、この土壌試料を用いて行われたものである。

3. 土壌に沈着した放射性セシウムの経時変化


3.1 土壌沈着量の変化

 繰り返し行われた沈着量の測定により放射性セシウム沈着量の経時変化の特徴が明らかになってきた。80km圏内の平均土壌沈着量の時間変化を図5に示す6。この図からわかるように、土地の状況があまり変化しない平坦地においては、134Csについても137Csについても土壌沈着量がほぼ物理減衰に従って減少してきている。このことは、放射性セシウムの水平方向への動きが小さいことを示すものである。
 放射性セシウムの移行研究によれば、土壌粒子に付着した放射性セシウムは、水の動きに伴う移動が環境移行を考える上で重要であるものの、その年間の移行量は人の手の加わらない場所においては沈着量に比べて極くわずかであることが確認されており1、2)、このことと上記の沈着量の経時変化の傾向は符合している。

図5 平均土壌沈着量の経時変化

3.2 深度分布の特徴と経時変化

 放射性セシウムの土壌中深度分布について3つの特徴的な例を図6に示す。a)は典型的な指数関数分布である。地表面から深さ方向に放射性セシウム濃度が指数関数に従って減少する分布で、チョルノービリ(チェルノブイリ)事故においても多くの地点で観察された。
 b)は地中のある深さに濃度の最大値(ピーク)が存在する分布である。ピーク位置より深い深度における濃度分布は指数関数に漸近的に近づく性質を示している13)。福島での分布状況調査においては、この種類の深度分布の割合が時間とともに増加してきた。
 沈着した核種は徐々に地中に浸透してきている。指数関数分布では深さ方向への広がりを示すパラメータとして重量緩衝深度 β (g/cm2)がしばしば用いられる。80km圏内の85地点で継続的に行ってきた調査の結果では、この β が時間とともに増加してきた。
 深度分布の広がり具合のより直感的な指標として90%深度がある。これは沈着量の90%の放射性セシウムが含まれる深さ(cm)で定義される。図7は90%深度の経時変化を表している。全ての測定地点の90%深度を記号で示すとともに、90%深度の各時期における平均値の変化を破線で加えている。この図からわかるように、事故後の時間経過とともに平均90%深度が徐々に増加してきたが、事故から4年が経過した時点においても、まだ表面から5cm以内に放射性セシウムが存在する地域が半数以上存在することがわかる。

  • 図6 放射性セシウムの土壌中深度分布の例

  • 図7 137Csの90%が含まれる地中深度(90%深度)の経時変化

4. まとめ


 事故直後の2011年6月の時点では、複数の放射性核種が環境中に広く存在したが、すでにその時点で被ばく線量の観点からは放射性セシウムが主要な核種であることが確認された。事故初期に大きな線量寄与をしたと考えられる131Iについては事故直後の線量再構築は重要な課題であり、今後も関連した研究の推進が必要である。
 線量への寄与とは別に、各放射性核種の地域的な分布は沈着経路に関する重要な情報を与えるものであり、炉内解析や大気拡散シミュレーションなどと連携しながら、沈着経路を明らかにするための試みが進められている。撹乱のない平坦地においては放射性セシウムの沈着量はほぼ物理減衰に従って減少してきており、水平方向への放射性セシウムの動きは一般に小さいと考えられる。深さ方向へは放射性セシウムは時間とともに着実に浸透していっているが、5cm以内に90%の放射性セシウムが残っているケースがまだ大半を占めている。


参考文献

  1. 原子力規制委員会, “放射線量等分布マップの作成等に関する報告書(第1編)”.
  2. 日本原子力研究開発機構, “平成23年度放射能測定調査委託事業「福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の第二次分布状況等に関する研究調査」 成果報告書」”, 2013.
  3. 日本原子力研究開発機構, “平成24年度放射能測定調査委託事業「福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立」成果報告書”.
  4. 原子力規制委員会, “平成25年度東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立事業成果報告書”.
  5. 原子力規制委員会, “平成26年度東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約及び移行モデルの開発事業成果報告書”.
  6. 原子力規制委員会, “平成27年度東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約事業成果報告書”.
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