福島周辺における大規模環境測定(3)
-空間線量率の分布と経時変化-

※本解説はFBNews, No.476, p.1-6.(斎藤, 2016年)による。

1. はじめに


 本連載記事の第1回では、福島事故後に分布状況調査1−6)の中で行われた大規模環境測定の種類や特徴について、第2回では土壌沈着量の測定結果についてまとめた。本稿では、空間線量率の分布と経時変化について紹介する。

2. 事故後4年間での空間線量率減少の特徴


2.1 平均的な空間線量率の減少傾向

 分布状況調査で得られた空間線量率分布の経時変化を図1に示す。この図は、80km圏内を1kmメッシュに分割し、各メッシュで1箇所、撹乱のない平坦地を選んでサーベイメータを使用して行った空間線量率の測定結果をベースに武宮らが作成した。データのないメッシュについては航空機サーベイのデータを地上値に規格化して加えている。経時的な空間線量率分布の変化が明確に見て取れる。

図1 80km圏内における空間線量率分布の変化

 平均的な空間線量率の減少傾向を図2に示す6)。大まかに見ると、撹乱のない平坦地上の空間線量率は事故直後の2011年6月に比べて4年間でほぼ4分の1に、走行サーベイにより測定した道路上の空間線量率はほぼ5分の1に減少した。一方、純粋な物理減衰では空間線量率は当初の5分の2までは減らないので、平坦地においても道路上においても空間線量率は物理減衰に比べて顕著に速く減少してきたことがわかる。特に道路上の空間線量率は事故直後から急激な減少を見せてきた。
 一方、森林について見ると、2015年に恩田らが測定を実施した結果によれば5)、樹種により多少の傾向は見られるものの、全体としては物理減衰に近い形で空間線量率が減少してきていることが確認された。
 生活環境の空間線量率を測定するという位置付けで実施した歩行測定では、自動車サーベイや定点測定との比較から、その線量率は平均的に自動車サーベイよりは高く、定点測定よりは低いことが確認されている4−6)
 航空機モニタリングの結果によれば、平均的な空間線量率は事故後4年間で約3分の1に減少したと報告された7)。普段人間が生活している場に比べると航空機モニタリングで観察された空間線量率の減少は遅いことがわかる。これは、福島では森林の面積が全体の6~7割を占めることを考慮すると妥当な結果である。

図2 事故後4年間の平均的な空間線量率の減少傾向

2.2 空間線量率の減少傾向の解釈

 空間線量率の減少は2.1で見たように道路周辺>生活環境>平坦地>森林の順で速く、従って、空間線量率の高さはこの逆の順になる。これらの傾向の違いは放射性セシウムの移動により解釈することが可能である。
 森林内の放射性セシウムについては、事故直後に樹冠に付着した放射性セシウムのかなりが地面に移行する一方、地面に沈着した放射性セシウムはゆっくりと地中に浸透しつつある5)。これらの移動の総和として、地上1mの空間線量率に寄与する放射性セシウムの実効的な量はあまり変わっていないと考えられる。
 撹乱のない平坦地では、放射性セシウムの水平方向への動きは非常に少ないが、地中方向へは着実に浸透してきている。平坦地において物理減衰よりも速く空間線量率が減少してきた主な理由は、土による遮蔽効果の増大であることがシミュレーションにより確かめられている8)
 道路やその周辺の人工建造物に付着した放射性セシウムは物体の表面近くにその多くが存在するため、風雨等により除去されやすいことがチョルノービリ(チェルノブイリ)事故後の調査等で明らかにされている9)。走行サーベイでは放射性セシウムのウェザリング効果が顕著な状況での測定を行っていることになる。
 様々な土地利用状況を含む、生活環境に分類される地域では、放射性セシウムの動きは複雑である。特に都市環境における放射性セシウムの動きに関する情報は少ないため、今後のさらなる研究が望まれる。

2.3 空間線量率の減少に影響する要因

 空間線量率の減少に影響する2つの要因が存在する。一つ目はすでに見たように土地の利用状況である。図3は、80km圏内全体と建物用地における走行サーベイの結果を、2011年と2013年との間で比較したものである4)。建物用地における空間線量率の減少が速いことがわかる。一方、森林地域における減少は遅いことも確認されている。
 もう一つの重要な要因は人間活動である。避難指示区域の内外を比較すると、避難指示区域外のほうが明らかに空間線量率の減り方が速い。さらに詳しく見てみると、避難指示解除準備区域 > 居住制限区域 > 帰還困難区域の順で線量率の減少が速い。これらは、除染の効果も含めて人間の活動が空間線量率の減少を加速することを示している。
 人間活動の影響に関して詳細な知見はあまりないが、自動車による走行、居住環境の清掃、田畑の耕作といった様々な活動が放射性セシウムを生活環境から遠ざける方向に作用し、空間線量率の減少を促進していることが考えられ、今後定量的な解析を行っていくことが望まれる。

図3 空間線量率の減少の土地利用依存性

2.4 平坦地における空間線量率減少の季節依存性

 撹乱のない平坦地の空間線量率の減少に注目すると、空間線量率の減少が1年のすべての季節で均等に起きるのではなく、ある時期に特に速く減少しているように見える。図4は、特定の期間に物理減衰以外の要因で空間線量率がどの程度減少したかを示している。図に示した値が1の場合は、物理減衰のみにより空間線量率が減少したことを意味している。
 「冬から夏」と分類された時期に物理減衰以外の要因で空間線量率が減少していることがわかる。別途特定の地点で連続的に行われた測定によれば、雪が解ける5月頃から8月頃にかけて空間線量率が集中的に減少する傾向が観察されている10)。この減少傾向は、単純に降雨量等では説明できない。上記の特定の時期に、何らかの原因で放射性セシウムの地中への浸透が集中して起きていることが推察される。

図4 各測定時期間の平均空間線量率の比率

2.5 線量率の頻度分布の変化

 平坦地上の測定をもとに作成した空間線量率の頻度分布を図5に示す。各時期における測定結果を異なる色の棒グラフで表している。0.2μSv/h以上の地域が時間とともに減ってきており、現在は0.5μSv/h以下の地域が全体の90%を占めていることがわかる。
 図6では、避難指示区域の内と外を分けて空間線量率の分布を示す。当然、避難指示区域内のほうが高い空間線量率分布を示すが、区域内でも0.5μSv/h以下の比較的空間線量率の低い場所が相当割合存在しており、避難指示区域の指定が、純粋に空間線量率だけでは行われていないことがわかる。

  • 図5 80km圏内の空間線量率の頻度分布

  • 図6 避難指示区域内外の空間線量率の頻度分布

3. 空間線量率分布の予測


 分布状況調査等で得られた膨大な空間線量率データを統計的に解析することにより、事故後30年までの空間線量率分布を予測するためのモデル開発が木名瀬らにより行われてきた3−6,11)。ここでは、経験的な2成分モデルを用い、空間線量率の経時変化が、減衰の早い成分と遅い成分の組み合わせで表現され、それぞれの成分は指数関数で近似できるとの前提を置いている。
 その上で、土地利用状況と避難指示区域の区分でデータを分類して自動車サーベイ結果の統計解析を行い、状況ごとの代表的なパラメータを決定し、これを用いて将来予測を行う。図7は80km圏内を対象に事故後5年、10年、30年における空間線量率分布を予測した結果である11)。10μSvを超える高線量域の領域は、30年後にはごく限られた地域にまで減少することが予測されている

図7 大規模環境測定データの統計解析に基づく空間線量率分布の予測結果

*原子力規制庁からの委託事業で得た知見をもとに原子力機構が作成

4. まとめ


 福島事故から5年が経過したが、この間に福島周辺の空間線量率は大きく減少してきた。特に人間の生活に直接関わるような環境においては、物理減衰で予想される速度よりもずっと速く空間線量率が減少してきている。また、平坦地においては地表の放射性セシウム地中への浸透による、ガンマ線の遮蔽効果の増加が空間線量率のベースラインを下げることに貢献している。一方、面積的に福島の大半を占める森林における空間線量率は、これまでのところほぼ物理減衰に近い傾向で減少してきており、今後も大きくこの傾向が変化することは考え難い。
 人間に関係した場の空間線量率は今後も物理減衰よりは速く減衰することが予想される。また、避難指示区域内においても、空間線量率が低い地域も相当存在する。今後の対策を考えるときには、これらの空間線量率分布の地域的、経時的な特徴を十分に考慮するとともに、住民への被ばく線量もより現実的に評価することが必要となる。


参考文献

  1. 原子力規制委員会, “放射線量等分布マップの作成等に関する報告書(第1編)”.
  2. 日本原子力研究開発機構, “平成23年度放射能測定調査委託事業「福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の第二次分布状況等に関する研究調査」 成果報告書」”, 2013.
  3. 日本原子力研究開発機構, “平成24年度放射能測定調査委託事業「福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立」成果報告書”.
  4. 原子力規制委員会, “平成25年度東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立事業成果報告書”.
  5. 原子力規制委員会, “平成26年度東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約及び移行モデルの開発事業成果報告書”.
  6. 原子力規制委員会, “平成27年度東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約事業成果報告書”.
  7. 復興庁, “放射線リスクに関する基礎情報”, 内閣府ほか, 2016-02, 44p.
  8. 松田規宏ほか, 福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立 (9)放射性セシウムの土壌中深度分布の経時的な変化の傾向, 日本原子力学会2015秋の大会, 静岡, 2015-09-09/11, L-09.
  9. Andersson, K.G. et al, Weathering of radiocaesium contamination on urban streets, walls and roofs , Journal of Environmental Radioactivity, vol.62, no.1, 2002, p.49-60.
  10. 吉田浩子ほか, 毎日測定で観察された空間線量率の低減傾向における季節変化, 日本原子力学会2015秋の大会, 静岡, 2015-09-09/11, L-06.
  11. Kinase, S. et al, Prediction of ambient dose equivalent rates for the next 30 years after the accident, Proceedings of International Symposium on Radiological Issues for Fukushima's Revitalized Future, Fukushima, 2015-05-30/31, p.40-43.