環境中における空間線量率測定の実際

※本解析は、Radioisotope, 64,4, p.275-289.(津田ほか、2015)による。

1. はじめに


 福島事故後、様々な人々により膨大な量の空間線量率測定データが取得された。測定には、各省庁、地方自治体、研究機関、大学等の組織に加え個人のレベルでも多くの方々が携わった。この中で、高い性能を持ちかつ標準線源により校正された精度の高い測定器から、ネット等で市販されている性能的に十分でない測定器まで、様々な測定器が使用された。
 空間線量率を信頼のおける精度で測定するために測定器が満たすべき条件がJIS1)等で定められている。具体的な条件として、検出感度のγ線エネルギー依存性、入射方向依存性、線量率依存性等の変動が許容される範囲内であることが挙げられる。とりわけ、検出感度のエネルギー依存性が小さいこと、すなわち環境γ線のエネルギー分布が変わっても正確に空間線量率を測定できることは基本的な要件である。
 福島事故後に空間線量率の測定に用いられた様々な測定器については、主要な核種を対象にした性能評価が行われている2)-4)。市販されている安価な測定器はエネルギー依存性まで十分に考慮されたものが少ないので、精度の良い空間線量率を測定するためには特に注意が必要となる。
 放射性核種別の空間線量率を評価するためには、可搬型ゲルマニウム検出器(Ge検出器)による in situ 測定を利用することが有用である。この手法を用いれば、事故により沈着した放射性核種ごとの空間線量率、また天然放射性核種である238U系列核種、232Th系列核種、40Kに起因する空間線量率並びに基となる土壌中濃度を分離して測定・評価できるため、詳細な情報を得ることが可能である。
 さらに、広域にわたる空間線量率を短時間に測定する手法として走行サーベイや航空機サーベイ等がある。航空機サーベイを一般のユーザーが使用するのは難しいが、最近は無人ヘリコプターやマルチコプターを使用した小規模な空中サーベイも利用可能となっている。これら移動測定により得られる情報は、サーベイメータを用いて定点で行われる測定に比べ、平面的にカバーできる領域が格段に大きくなるため、重要な情報を提供する。
 本稿では環境中における空間線量率測定に関する実用面で役に立つ情報を提供する。まず、環境放射線測定に必要とされる基本的要件について、公表されている基礎データや分布状況調査等で取得した基礎データを例示しながら説明する。さらに、可搬型Ge検出器を用いた in situ 測定、走行サーベイの特徴並びにチョルノービリ(チェルノブイリ)や福島の実環境における測定例について、まとめて紹介する。また、これまでに公的機関を中心に測定された空間線量率やこれに関連したデータを閲覧できるインターネットサイトを紹介する。

2. サーベイメータを用いた測定


2.1 精度の高い空間線量率測定を実施するための要件

 空間線量率(周辺線量当量率)を信頼のおける精度で測定するため具備すべき測定器の要件がJIS Z43331)に定められている。また、日本電気計測器工業界がわかりやすい形で「放射線測定機器の性能チェックシート」2)を作成している。ここでは、第4章で詳述するKURAMA-Ⅱシステムに組み込まれたCsI検出器の特性試験結果5),6)を例に挙げ、また、広く空間線量率の測定に用いられてきたNaI(Tl)シンチレーション式サーベイメータ(以下、NaI(Tl)サーベイメータ)の特性7)も参照し、精度の高い測定を行うための要件について説明する。

2.1.1 エネルギー特性

 エネルギーによる感度の違いを一定にするためにいくつかの方法が考えられる。例えば、フィルターを用いてエネルギーごとの感度特性を変化させる等の工夫が行われている。
 入射γ線のエネルギーに関係したパルス出力が得られる検出器については、操作が単純で高い精度が得られるスペクトル-線量変換演算子( G ( E )関数)法が広く用いられてきた8)-10) G ( E )関数法の基本的な考え方は、使用する検出器のγ線に対する応答特性と、求めようとする線量の応答特性との違いを補正するために、パルス高に応じた荷重を行うというものである。例えばNaI(Tl)サーベイメータで空気吸収線量を測定しようとする場合、NaI(Tl)結晶と空気ではγ線に対する反応の様子が異なるので、この反応の違いを補正するために G ( E )関数を用いることになる。
  G ( E )関数を利用した線量評価は次式のように表される。
 ある単色エネルギー E 0の光子が検出器に入射する場合の検出器の応答関数をn( E E 0)とする。単色エネルギーの光子が入射した場合でも、光子が検出器の中でエネルギーを落とす過程は毎回異なるため、その出力は分布を持つことになる。その分布、すなわち単色エネルギーの光子が入射した時に検出器から出力される波高スペクトルが応答関数である。単色エネルギーの光子に対して、次の積分方程式を成立させるような荷重関数 G ( E )を考える。ここでh( E 0)は、 E 0のエネルギーを持つ光子の単位フルエンスあたりの線量である。フルエンスは単位面積あたり何個の光子が検出器に入射するかを示す量(1/cm2)である。

 次に、種々のエネルギー E iγ線が混在する場における全線量 D を計算することを考える。検出器に入射する光子フルエンスのエネルギー分布を Φ ( E i)、これに対する検出器の出力波高スペクトルを N ( E )とすると、全線量 D は(1)式を用いて以下のように書ける。

 このように全線量Dは、測定される波高スペクトルN( E )と G ( E )関数から単純な操作で算出することができる。波高スペクトルから線量を計算するオーソドックスな方法として、アンフォールディングと呼ばれる解析法により光子フルエンスのエネルギー分布 Φ ( E i)を導出し、それから線量を計算する方法がある。 G ( E )関数法では、このような複雑な解析を行うことなしに、精度の良い線量計算が行える。
 国内メーカーが製造しているNaI(Tl)サーベイメータでは、この G ( E )関数法を用いてエネルギー補償を行うものが多くみられる。 G ( E )関数法は、NaI(Tl)検出器に限らず波高スペクトルが出力される全ての検出器に適応可能である。
 エネルギー特性は、検出器に入射するエネルギーが変化しても、照射された線量率に対する指示値の比である検出感度が一定であることが望ましい。JIS Z4333では使用する検出器の特性などに応じて、測定器の性能を1~4形に分類している。エネルギー補償型のシンチレーション検出器や半導体検出器を使用した測定器が該当する4形の場合、60keV~1.5MeVにおいて検出感度の変化は±30%であることを要求している。
 広く空間線量率測定に用いられてきた日立アロカメディカルのNaI(Tl)サーベイメータTCS-171、並びにKURAMA-Ⅱのエネルギー特性を図1と図2にそれぞれ示す。241Am(60keV)から60Co(1.25MeV)の範囲で、検出感度の変化は±15%であり、JISの要求性能を満たしている。

2.1.2 入射方向特性

 空間線量率を測定するサーベイメータは、本来放射線の入射方向にかかわらず、検出感度が一定であることが望ましい。JIS Z4333では前項に記した4形の場合、137Cs γ線について検出器の基準の向きに対して±90°の範囲で検出感度が±25%であることを要求している。
 入射方向特性に関係する要因としては、検出器の形状や検出器周囲の構造物が挙げられる。検出器の形状としては、どの方向から光子が入射しても同じ確率で検出が行える球形の検出器が理想であるが、球形でなくても縦横の長さが同じ程度の検出器(例えば1"×1"円筒形検出器)であれば均一に近い応答特性を持つ。また、入射光子の遮蔽に働く構造物が偏在していないことも重要である。
 NaI(Tl)サーベイメータTCS-171並びにKURAMA-Ⅱの入射方向特性を図3と図4にそれぞれ示す。TCS-171はごく一部の方向を除いて良好な入射角度特性を持っている。また、KURAMA-Ⅱでは入射角度による検出感度の変化は全方位において-23%~+10%の範囲であり、それぞれJISの要求性能を満たしていることがわかる。

2.1.3 線量率特性

 シンチレーション検出器やGM検出器などパルス出力による測定器では、線量率の増加に伴って、出力されるパルスの重なり(パイルアップ)や、信号処理の過程で生じる不惑時間によって数え落としが生じ、検出感度の低下がみられることがある。電離箱検出器においても、電離箱内で生成するイオン対の再結合により、同様に検出感度の低下がみられることがある。JIS Z4333では線量率特性に対する性能を規定しており、137Csの壊変で放出される0.662Mev γ線について、検出感度の変化は-15%~+22%であることを要求している。
 KURAMA-Ⅱの線量率特性を図5に示す。0.2~30μSv/hの範囲では、検出感度の変化は±15%であり、JISの要求性能を満たしている。一方、線量率の増加と共に数え落としによる指示値の低下が見られ、100μSv/hで約3割、200μSv/hで5割程度検出感度が低下する。
 そこで、補正式(3)を用いて不惑時間補正をできるよう改善している。

ここで、 H は補正後の指示値、 M は補正前の指示値である(単位はいずれもμSv/h)。0.0027は数え落としの確率に関係した測定器特有の定数であり、別の測定器については別の値を使用することが必要である。

2.1.4 指示値変動特性

 放射性壊変はランダムな過程であるが故、その過程で放出される放射線の測定によって得られる指示値は、空間線量率の大きさに応じた統計的変動を受ける。指示値の変動は小さいほど望ましい。指示値の変動が大きいと、測定ごとに異なった線量率測定値が得られる結果となる。JIS Z4333では変動係数試験として、有効測定範囲の下限値において、変動係数(標準偏差を平均値で割った相対標準偏差)が15%以下であることを要求している。
 KURAMA-Ⅱの指示値変動を図6に示す。本図には試験で得られた実験値と共に、検出器メーカーの公称感度(0.01μSv/hあたり40cpm)を基にポアソン分布を仮定したときの変動係数も示しているが、両者はおおむね一致する。線量率の低下に伴い変動係数が大きくなるが、約0.2μSv/h以上の線量率では、変動係数は15%以下であり、JISの要求性能を満たす。

2.2 サーベイメータの校正

 サーベイメータを用いて精度の良い測定を行うためには、前節に示したような性能を担保するだけでなく、その測定結果の信頼性を保証するため、「校正」を行うことが大切である。
 「校正」とは、既知な線量率の場に検出器を設置し、指示値と線量率との関係を求める行為である。ここでいう線量率は、標準線源や基準測定器によって決定され、国家標準に対する遡及(トレーサビリティ)が明らかにされていることが必要である。すなわち、国家が直接にあるいは間接的に保証した精度を持つ線量率の場を使用して校正を行うことが基本となる。校正によって、信頼される測定量と指示値との関係を明確にできると共に、必要に応じて補正を行うことで、精度のよい測定結果を得ることができる。
 また、サーベイメータは測定環境により検出器の感度変化や電気回路の部品劣化などにより、指示値に系統的なずれが生じることがあるため、定期的(例えば年1回以上)に校正を行うことが望ましい。

2.3 様々な検出器の測定精度の評価結果

 福島事故後、様々な放射線検出器が販売されているが、表示される値に関して全ての放射線検出器の信頼性が保証されているわけではない。正しく線量を測定するためには、使用する放射線検出器の特性を理解することが不可欠である。高田らは数種類のサーベイメータの読み取り値を比較した結果を日本原子力学会において報告している11)。それによると、エネルギー特性を補償されていないシンチレーション検出器に関しては、線量を2~3倍程度過大に(又は1/2~1/3倍過小に)表示する検出器があり、エネルギー特性を補償された測定器の使用を推奨している。
 また、10万円以下で入手できる比較的安価な市販の放射線測定器に関し、国民生活センターは性能試験を実施し、その結果を公表してきた3)、4)。その結果によれば、測定値が正確でなかったり測定値のばらつきが大きかったりするものが多いため、市販されている安価な測定器の測定値を直ちに信頼することは避け、国が公表しているデータを参考にすることをすすめている。実際に測定データを見てみると、本当の空間線量率に近い値を示した測定器はごく限られており、安価な測定器を用いる場合には注意が必要である。

2.4 サーベイメータの測定結果例

 NaI(Tl)サーベイメータにより測定した平坦地上の空間線量率分布の例を図7に示す12)。本測定では、福島原発から80km半径内の地域を1kmメッシュに分割し、メッシュごとにある程度の広さをもった経時的に状況が変化しにくいことが予想される平坦地を1地点選んで地上1mの空間線量率を測定し、GPSの位置情報を基に測定結果をマップ化したものである。線量率の高い一部地域については、電離箱式サーベイメータを用いた測定を行った。

図7 サーベイメータによる測定の例12)
2012年の8~9月に平坦地上で行なわれた測定結果に基づく空間線量率分布マップ

3. 可搬型ゲルマニウム(Ge)検出器を用いた in situ 測定


3.1 Ge検出器 in situ 測定の原理と特徴

 可搬型Ge検出器を環境に持ち出して行う in situ 測定(Ge検出器 in situ 測定)により、土壌への放射性核種の沈着量(Bq/m2)並びに放射性核種ごとの空間線量率(Sv/h、Gy/h)を測定・評価することが可能である。Ge検出器の高いエネルギー分解能を利用することで、放射性核種ごとの情報を得ることができる。Ge検出器 in situ 測定は米国の環境測定研究所(EML、当時HASL)で開発された手法で13)、その後、国際放射線単位測定委員会(ICRU)により包括的な基礎データが整備された14)。これらのレポートを参照して文部科学省が測定マニュアルを作成している15)
 本測定法では土壌に沈着した放射性核種から放出されるγ線のピークを分離して測定する。測定したピークのカウントをまず土壌沈着量に換算し、つづいて沈着量から空間線量率を評価する。一般に、放射性核種が土壌中の深度方向には指数関数分布又は一様分布を、また水平方向には無限に均一分布をしているとの近似をおいて解析を行っている。この近似が成立しないような環境では、解析に注意を要する。
 放射性核種の土壌への沈着量を評価する方法として、土壌試料を採取し実験室で固定型Ge検出器を用いて放射性核種の定量を行う方法が一般的であるが、この方法に比べ in situ 測定では広い面積からやってくるγ線を測定するため、測定地点周囲の平均的な沈着量を測定することができる。実際に、土壌試料を採取する方法に比べて沈着量の統計的な変動が小さいことが福島における実測から確認されている。また、測定時間も土壌試料の測定に比べて短くてすむという特徴もある。一方、可搬型Ge検出器システムはサーベイメータに比べて大きく、冷却が必要であること等取り扱いも容易ではないため、環境中での測定ではそれなりの労力を要する。

3.2 実環境における測定例

 チョルノービリ(チェルノブイリ)発電所から西方約15kmに位置するザポリエにおいて行われたGe検出器 in situ 測定で得られたγ線波高スペクトルを図8に示す16)。放射性セシウムに加えて60Co、154Eu等、チョルノービリ事故により放出された人工放射性核種が観察されている。チョルノービリ事故から8年が経過した1994年の時点においても、放射性セシウム以外の核種が明らかに残っていたことになる。また当然であるが、40K、214Bi、208Tl等の天然放射性核種からのγ線も観察されている。

図8 チョルノービリにおける可搬型Ge検出器による in situ 測定結果の例16)

 得られた放射性核種の沈着量から評価した空間線量率を図9に示す16)。放射性セシウム以外の人工放射性核種による空間線量率への寄与が数%程度あることがわかる。ちなみに、福島事故においては、事故約3か月後の2011年6月14日の時点で既に、放射性セシウム以外の放射性核種の寄与は1%未満であったと評価されている17)

図9 チョルノービリにおける空間線量率への放射性核種ごとの寄与割合の例16)

3.3 サーベイメータとの比較

 福島事故の分布状況調査においても、数百~千地点においてGe検出器による in situ 測定が繰り返し実施されてきた。測定を行った地点で同時にサーベイメータを使用した測定も行われている。図10では、Ge検出器を用いた in situ 測定により評価した空間線量率の値と、NaI(Tl)サーベイメータを用いて測定した空間線量率とを比較している。2011年12月から2012年5月にかけて東日本広域で行われた測定18)、2012年の11月に福島サイトから100km圏内で行われた測定12)の結果ではいずれも、Ge検出器 in situ 測定による空間線量率評価値と、NaI(Tl)サーベイメータによる空間線量率測定値が良い一致を示している。ちなみにそれぞれの測定時期における平均的な緩衝深度は1.30g/cm2と1.90g/cm2であった。緩衝深度は、地中で深度方向に指数関数分布した放射性核種の濃度が地表面に比べて37%(1/e: eはネイピア数)に減少する深度を意味する。

図10 可搬型Ge検出器による in situ 測定で評価した空間線量率とNaI(TI)シンチレーション式サーベイメータにより測定した空間線量率の比較

a)は2011年の12月から2012年の5月に広域に行った結果18)を、b)は2012年11月に100km圏内を中心に行った結果を12)それぞれ示している。

4. 走行サーベイ


 自動車を用いた走行サーベイや航空機サーベイに代表される移動サーベイは、短時間に広い範囲の空間線量率に関するデータを取得できる優れた方法であるが、自動車の中や高空における測定値であり地上の空間線量率を直接に表したものではない等の注意すべき点もある。ここでは、移動サーベイの中でも広く行われてきた走行サーベイに焦点をあて、その特徴についてまとめて紹介する。

図11 KURAMA-Ⅱシステムの外観

4.1 走行サーベイシステムの例

 走行サーベイシステムは限られた時間及び費用のなかで効率よく空間線量率を測定するために開発されてきた19)、20)。福島事故後、従来の専用測定車ではなく、多数の一般乗用車に搭載して、広範囲の空間線量率を詳細かつ短時間に把握することを目的としたKURAMAシステム(クラマ、Kyoto university RAdiation MApping system)が京都大学原子炉実験所の谷垣らによって開発された21)。このKURAMAに対して更なる小型化や堅牢性の向上を図り、より長期の安定な監視体制を実現するために改良されたのがKURAMA-Ⅱ5)・6)・21)である(図11)。KURAMA-Ⅱは、組み込み型コンピューターであるCompactRIO22)、CsI(Tl)シンチレーション検出器23)、GPS機器等から構成される。KURAMA-Ⅱを用いた典型的な走行サーベイでは、3秒間隔で測定される波高スペクトルは、内蔵の G ( E )関数を乗じることによって線量率データに変換され、GPSによる測位情報とともに、3G回線網を通じて30秒程度ごとにデータ収集用ゲートウェイサーバーに送信される。
 KURAMAとKURAMA-Ⅱで特徴的なのはデータをクラウドシステムで共有している点で、これにより従来の類似のシステムでは困難であった多数の測定器からのリアルタイムデータ収集・データ共有や、データ集約センターの自在な配置が可能となった。また、地図上へのリアルタイム表示を実現することで、実際の空間線量率分布を確認しながら走行経路を臨機応変に定めることができるようになるなど、測定の効率が大幅に向上している。KURAMA-Ⅱシステムを用いると、この一連のデータ通信/処理を、同時に100台規模に対して実施できる。
 一方、複数のセンサーを併用してより詳細な情報を得ることが可能な、放射線医学総合研究所が開発したラジプローブと呼ばれる走行サーベイシステムも存在する24)。このシステムで特徴的なのは、可搬型Ge検出器を搭載することで、放射性核種の沈着量や放射性核種ごとの空間線量率を評価することが可能なことである。KURAMA-Ⅱと同様に3G回線等を通して遠隔でデータの収集を行うことができ、測定地点周辺の撮影動画のストリーミング機能も有している。
 その他、福島事故後に走行サーベイに使われてきたシステムとして、南相馬市の詳細な測定を対象に新潟大学が開発したBISHAMON25)や、避難指示区域内の定期的な測定に用いられてきた東京電力が開発したモニタリングカー26)等が存在する。

4.2 測定値の補正

 走行サーベイは地上の測定に比べて測定条件が悪いことや、位置の不確かさ等によりデータの質の劣化がある割合で起こる。また、車内で測定したデータを測定対象としたい地点(一般に地上1mの空間線量率値)のデータヘ換算することも必要となる。これらに対する補正についてKURAMA-Ⅱを例にとって以下に紹介する。
 大量の測定データの中に混入した異常値を取り除くとともに、種々の補正を行った正確な測定データを迅速に作成するために、KURAMA-Ⅱデータ自動処理プログラムが開発された5)、27)。以下では、その概要を記す。

(1) 異常データの削除と道路データに基づく測値の削除・位置情報の補正

 本プログラムを用いて、測定可能な線量率範囲を超えたデータ、KURAMA-Ⅱ内の温度が検出器の仕様温度範囲(50°C)を超えた際の測定データ、緯度・経度が明らかに不正な値(0やマイナスの値)のデータ、前後の測定値と比較して急激に線量率が変化しているデータ等の異常データの削除を行っている。
 また、詳細な道路データに基づいて測定位置の情報を補正する。具体的には、GPSによる測位精度が20m程度であることを考慮し、道路から20m以内にある測定データについては道路の中心線上に測定位置を補正することとし、測定位置が道路から20m以上離れた場合については正確な位置情報を取得できなかったデータとみなして削除することとしている。

(2) 車内外の測定値の補正

 車内で測定した線量率を車外の線量率に換算するため、車内外補正係数に基づく補正を行う。車上における測定値を野外のどこのデータに換算するかは、状況により異なる考え方がありうる。例えば、チョルノービリ(チェルノブイリ)における走行サーベイでは車上の測定値を道路周辺の平地上1mにおける空間線量率に換算する試みが行われたこともある28)。チョルノービリにおいては道路の周辺のかなりの部分が平坦な原野や畑であるため、このような換算の方法が可能である。一方、福島においては道路の周辺の状況は様々であるため、KURAMA及びKURAMA-Ⅱを用いた測定では道路上の1m高さの空間線量率相当値へ換算することが普通行われる。
 車内外補正係数を、車内の検出器設置位置での空間線量率に対する、車両の存在しない状態での地上1mにおける空間線量率の比として定義し、広くて放射性セシウムが均一に沈着している様々な線量率レベルの場所を選び、実測により車内外補正係数を決定した。図12は車内外の空間線量率の関係を示す。車内に対する車外の空間線量率の比率がほぼ1.3になっている。 KURAMA及びKURAMA-Ⅱを用いた測定では、このデータに基づき車内外の補正を行っている。

図12 KURAMA及びKURAMA-Ⅱによる測定における車内外の空間線量率の関係5)

4.3 測定例

 これまで分布状況調査では、2011年から2013年の12月まで、全体で7回の大規模走行サーベイを実施し、その結果を公表してきた。2012年8月20日から10月12日にかけて実施した第4次走行サーベイの結果から作成した空間線量率マップ12)を図13示す。本測定では多くの地方自治体の協力を得て、小さな道路も含めた詳細な測定を実施してきた。図13より明らかなように、100台規模のKURAMA-Ⅱを用いることにより、広い測定範囲に対する詳細な測定を短期間に実施することが可能となった。

図13 KURAMA-Ⅱシステムを用いて2012年8月から10月に行った走行サーベイの測定結果12)

5. 環境測定データの閲覧サイト


 福島事故後、原子炉から放出された放射性物質の分布状況を把握するとともに、福島県及び近隣各県の環境回復計画立案のために、国や自治体、研究機関や個人など、様々なレベルでの環境モニタリングが実施されてきた。これらの結果は、ネットワークを介して広く一般に公開されている。
 国や自治体の環境モニタリング活動は、福島事故に係るモニタリングを確実に、かつきめ細かに実施するため、総合モニタリング計画29)に定められている。それによれば、原子力規制委員会が環境モニタリングの総合調整、環境モニタリングの実施・情報集約・情報発信を行うとともに、原子力災害対策本部が福島原発周辺のモニタリングを、関係府省はその府省の行政目的に沿った環境モニタリングの実施・情報集約・情報発信を、自治体は地域に根差した環境モニタリングを、原子力事業者等は国と一体的に情報発信を、それぞれ行うことになっている。
 この総合モニタリング計画に基づき、各担当機関は、各々の機関が実施した環境モニタリング結果を公表している。主な閲覧サイトを表1に示す。以下に主なサイトについて概説する。

表1 環境測定データの主要な閲覧サイト

省庁によるモニタリングデータ公開サイト
原子力規制委員
モニタリング結果に関する総合情報サイト
文部科学省
学校等のモニタリング結果
環境省
水環境のモニタリング結果
水産庁
水産物のモニタリング結果
自治体によるモニタリングデータ公開サイト
福島県
福島県内のモニタリング結果
宮城県
宮城県内のモニタリング結果
岩手県
岩手県内のモニタリング結果
茨城県
茨城県内のモニタリング結果
栃木県
栃木県内のモニタリング結果
群馬県
群馬県内のモニタリング結果
その他のモニタリングデータ公開サイト
日本原子力研究開発機構
関係省庁、自治体による測定結果のマップ表示、グラフ表示
セーフキャスト
ボランティアベースで測定したモニタリングデータ公開サイト

 原子力規制委員会は、「放射線モニタリング情報ポータルサイト」と呼ばれる、国や自治体が実施した環境モニタリング結果を総合的に発信するサイトを運営している。本サイトでは、「環境一般等のモニタリング」、「学校等」、「農地土壌、林野、牧草等」など、カテゴリーごとに分類し、主にCSV形式の数値データとして環境モニタリング結果を掲載している30)。本サイトには、関係省庁や自治体が実施した環境モニタリング結果に自動的に移動できるようにリンクが設定されていることから、環境モニタリング結果を検索する際には、まず最初にアクセスすべきサイトとなっている。また、原子力規制庁(2011年3月~2012年9月までは文部科学省が実施)が実施しているモニタリング結果31)や、原子力施設周辺環境のモニタリング結果32)については、マップ形式で公開されており、測定結果の直観的な理解を支援している。
 福島事故による影響が最も大きい自治体である福島県も、県内における多様な環境モニタリングを実施し、結果を公開している33)。また、マップによる測定結果の公開も行っている34)
 原子力機構では、関係省庁や自治体から公開された環境モニタリング結果に加え、原子力機構自体が中心となって進めた測定結果を集約し、相互比較しやすいマップやグラフの形式で公開している35)・36)。同時に、公開データの利用者が必ずしもデータ解析の専門家でないことを踏まえ、データの解析を支援するツールの公開も進めている。
 環境放射能に関して、福島事故以前からの長期的な変化傾向を知りたい場合には、日本分析センターが運営している環境放射能データベースにアクセスするとよい37)。本サイトでは、1968年よりリアルタイムモニタリングポストやサーベイメータを用いて定期的に測定した結果が格納されており、グラフ等を用いて長期的な変化傾向を確認することができる。
 これまでに紹介したサイトは、国や自治体、研究機関のものであったが、これらのサイトとは異なり、ボランタリーベースで個人が測定した結果を公開しているサイトがある(例えば、文献38)。これらのサイトでは、国や自治体では測定困難な地域(私有地等)に関する情報を得られるという利点はあるものの、測定機器や測定手法に統一性がない、継続性が不明確である等の欠点もあり、利用には注意が必要である。
 最後に、今回掲載された公開サイトの情報に関しては、時間の経過とともにアドレス(URL)が変更されたり、掲載されなくなることがあるので注意を要する。

6. まとめ


 空間線量率は環境中における放射性物質の存在量を総合的に知るための指標となる量であるとともに、外部被ばく線量と直接に関係した量であり、福島事故以前から原子力施設周辺の環境モニタリングにおいて広く測定されてきた。特に福島事故が起こってからは、公的機関から個人まで含めて多数の測定者により膨大な測定が行われデータが蓄積されてきた。一方、空間線量率を精度良く測定するためには、本稿でまとめたように測定器が具備すべき基本的な要件があり、 測定結果を参照する時には使用されている検出器の種類や校正の有無、測定条件等について注意を払うことが必要となる。また、使用目的によりサーベイメータを用いた測定、可搬型Ge検出器を用いた in situ 測定、移動サーベイ等を使い分けて測定を行うことが望まれる。過去に測定された空間線量率のデータの多くは集約・公開され、インターネットの公開サイトから地図や数値データの形で入手することが可能であるが、これらのサイトを参照する際にもデータの信頼性について注意を払うことが必要となる。本稿にまとめた内容が、空間線量率の適切な測定や参照に役立てば幸いである。


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