福島周辺における大規模環境測定(1)
※本解説はFBNews, No.474, p.1-5.(斎藤, 2016年)による。1. はじめに
福島第一原子力発電所事故(以下、福島事故)の直後から多くの機関や個人により環境測定が行われた。この中で、国からの委託により実施されてきた通称「放射性物質等分布状況調査」(以下、分布状況調査)と呼ばれる調査では、信頼のおける手法により継続的に大規模な環境調査が行われてきた1−6)。事故から5年が経過した現在、継続して行われた環境測定結果の解析により、福島周辺の空間線量率や放射性物質の分布の特徴、さらにこれらの経時変化の特徴が明らかになりつつある。
「福島周辺における大規模環境測定」と題する本連載記事では、上記分布状況調査に主に焦点を当て、福島事故以降どのような調査が行われて、その結果何がわかってきたのかを3回にわたり紹介する。第1回目の本稿では、どのような環境測定がどのような意図で行われたのか、それぞれの測定がどのような特徴を有するかについてまとめて紹介し、第2稿と第3稿では調査により明らかになった福島周辺の放射性核種沈着量や空間線量率の分布の特徴と経時変化傾向について紹介する。
2. 測定の概要
事故直後からこれまでに分布状況調査等で実施された環境測定の項目と実施時期を表1にまとめる。この中には分布状況調査の枠外で実施された航空機モニタリングも示されている。この表に示されるように、土壌沈着量及び空間線量率の測定が継続的に実施されてきた。
これらの調査の基本的な考え方としては、信頼のおける統一手法を用いて精度の確かな測定を継続的に実施しようというものである。このために、必要に応じて事前調査を行い、適切な手法・機器を選択し、マニュアルを作成して同じ質の測定が行えるよう徹底するとともに、各測定期間の最初に測定精度を確認する作業を実施している。さらに、得られた結果の妥当性について有識者により組織される検討会で検討し、データの信頼性を担保している。
3. 各測定の特徴と留意事項
3.1 土壌沈着量の測定
(1) 土壌試料の採取と測定
土壌への放射性核種の沈着量を測定するための標準的な方法である。第1次分布状況調査1)においては、事前調査の結果に基づきマニュアルを作成し7)、福島周辺の約2,200地点にて1箇所で5個の土壌試料をU8容器により採取し分析した。試料の採取と分析に関し800名近くの方の協力を得た8)。Ge検出器を用いた土壌の分析を22の機関で実施したが、この中には環境試料の分析を専門としない機関も存在していた。そのために共通の土壌試料を用いた測定結果の相互比較を実施した。1カ所で測定した5試料の平均濃度での比較によれば、図1に示すように、標準となる日本分析センターの測定結果に対し標準偏差10%程度で全ての測定機関の結果が一致することが確認された1)。
5試料間の放射性セシウム濃度のばらつきは大きく、変動係数(標準偏差を平均値で除した値)は37%であった。5試料を採取した3m平方程度の狭い地域においても沈着量が有意に変化しており、放射性物質の沈着量分布の不均一さを示唆している。
(2) 可搬型Ge検出器による in situ(現場)測定
第2次分布状況調査以降は、沈着量の測定に可搬型Ge検出器を用いた in situ 測定を用いてきた(図2)。本手法は、現地の地上1mにGe検出器を設置して測定を行い広い範囲からやってくる γ 線を測定することで、その地点の平均的な沈着量を測定することができる特徴を有している。但し、沈着量が大きな地点では不感時間が大きくなるため適切な定量ができないという欠点もある。放射性核種が比較的均一に分布している地点においては、土壌試料を採取し求めた沈着量と in situ 測定による沈着量はほぼ一致することが確かめられている1)。
本手法では、放射性核種が地中の深さ方向に指数関数に従って分布し、水平方向には無限に同じ分布が続くことを仮定して解析を行う。指数関数の深さ方向の広がり、すなわち放射性核種の地中への浸透の指標となる重量緩衝深度 β(g/cm2)が解析上の基本的な情報となる。後述するスクレーパープレートを用いた深度分布測定によりβを決定するのが理想的であるが、過去の事例をもとに条件ごとの代表的なβ値が国際放射線単位測定委員会(ICRU)のレポートに示されており9)、これを用いることも可能である。
Ge検出器は個体ごとに異なる感度特性を持つため、 in situ 測定に必要な基礎データをそれぞれのGe検出器に対して用意する必要がある。分布状況調査においては、測定に使用する複数のシステムを同一地点に設置して相互比較測定を実施し、同様の沈着量が得られることを確認している。例えば、2013年6月に行った相互比較測定においては、標準偏差6%程度で全てのチームの放射性セシウム沈着量測定値は一致した10)。
図3は、 in situ 測定結果で求めた放射性セシウム沈着量から評価した空間線量率と、サーベイメータを用いて直接に測定した空間線量率の、福島周辺における関係を示している。ここでは、測定の適否の確認のために、ICRUのレポートに示されている線量換算係数を使用し、空気カーマ(Gy)に関する比較を行った。良い一致が見られることから、可搬型Ge検出器の測定が適切に行われていることが確認出来る。分布状況調査においては80km圏内の約400地点にて測定を行っている。
(3) 土壌中深度分布の測定
土壌中の放射性セシウムの深度分布を調べるのに、分布状況調査ではスクレーパープレートを用いて深さ別の土壌試料を採取し分析している(図4)。スクレーパープレートによる土壌採取は、試料間のクロスコンタミネーション(相互汚染)を小さく抑えることができる優れた方法であるが、土壌採取に経験が必要でかつ1カ所での試料採取に数時間を要する。分布状況調査においては、福島第一原発から80km圏内の約85地点で土壌採取を行っている。
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図1 共通の土壌試料を用いて行った相互比較測定の結果
日本分析センターでの測定値を標準値とし、その他の分析機関で測定した放射能量の比率を示した。1地点で採取した5試料の平均放射能量を比較した
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図2 可搬型Ge検出器を用いた in situ 測定の様子
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図3 可搬型Ge検出器による in situ 測定の結果から評価した空間線量率とサーベイメータによる測定値の比較
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図4 スクレーパープレートによる深度別土壌試料採取の様子
3.2 空間線量率の測定
(1) かく乱のない平坦地上の測定
人の手が入りにくいある程度の広さを持った平坦な地点を選び、地上1mに置ける空間線量率を標準的なサーベイメータにより測定してきた。この測定においては、降雨等の自然要因による空間線量率の減少(ヴェザリング効果)について調べることを主な目的とし、現在80km圏内の約6,500地点での測定を行っている。
(2) 自動車サーベイ
京都大学が開発したKURAMAシステム11)を使用し、東日本広域にわたる自動車サーベイを実施してきた。本測定では、大量の空間線量率分布データを繰り返し取得し、統計解析により変化傾向の特徴を明らかにし、将来予測モデルの開発等に役立てることを目指した。
KURAMAは取得したデータをリアルタイムで携帯電話回線を介して転送して共有できる特徴があり、これにより従来の手法に比べて測定の効率や信頼性が大きく向上した。また、13×13×20mm3のCsI(Tl)シンチレータを搭載したKURAMA-Ⅱはコンパクトで操作が容易であるため、100台規模のシステムを準備して地方自治体の協力を得ることで、東日本全域における測定を短時間に実施することが可能となった(図5)。
KURAMA-Ⅱを用いた精度の良い測定を実施するために、スペクトルを線量に高精度で換算できるG(E)関数を独自に開発し組み込むとともに12)、毎回、測定前に全システムの測定精度の確認を行っている。右側後部座席の後ろに検出器を設置して測定した値を車外地上1mの空間線量率に変換するために、図6に示す1.3という換算係数を用いる1)。測定結果のまとめに関しては、統計精度等を考慮し、100m四方の領域の平均値として結果を表している。
分布状況調査では東日本の広域にわたり、当初8万kmを超える自動車サーベイを行ってきた。時間とともに空間線量率のレベルが低下するのに伴い、サーベイの範囲を縮小してきており、2015年度は4~5万km程度まで走行距離を減らした。放射線医学総合研究所13)もGe検出器を搭載したシステムを使用した測定を、また分布状況調査とは別に東京電力のグループ14)も独自のシステムを用い自動車サーベイを実施してきた。
(3) 歩行測定
住民が最も知りたいのは人々が多くの時間を費やす生活環境における空間線量率であるとの視点から、KURAMA-Ⅱシステムを人間が背負い測定対象地域を歩き回って測定する歩行測定を実施している(図7)。歩行測定は自動車サーベイに比べて単位時間当たりの移動距離が短く、狭い地域の線量率の変化を的確に測定できることを考慮し、20m四方の領域毎に測定データを平均して表している。80km圏内全体を均一にカバーするように500を超える地域(1km四方単位)での測定を行っている。
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図6 車内で測定した空間線量率と車外の地上1mにおける空間線量率の関係(実測値)
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図7 歩行測定の様子
(4) 無人ヘリコプターによる測定
人の立ち入りが難しい福島第一原発から5㎞以内の地域の空間線量率を、無人ヘリコプターにより測定してきた15)(図8)。無人ヘリコプターによる測定は通常の航空機モニタリングに比べて飛行高度を低く設定できるため、位置の分解能が良くなるという特徴を有している。分布状況調査においては、飛行高度80m、側線間隔80mでの測定を行っている。
放射線測定には1.5" Φ ×1.5"のLaBr3(Ce)検出器3本を使用し、測定した総計数率を地上1mの空間線量率に換算する。校正用の測定を複数箇所で実施し、標準高度の計数率から地上の空間線量率を計算する換算係数、並びに高度による変化を補正するための高度補正係数を取得する。図9に、無人ヘリコプターによる測定と地上でのサーベイメータの測定結果の比較を示す。
(5) 航空機モニタリング
分布状況調査とは別に文部科学省及び原子力規制庁では事故直後から航空機モニタリングを実施してきた16)。基本的なデータ処理の考え方は無人ヘリコプター測定と同様であるが、放射線測定には大型のNaI(Tl)検出器を使用し、飛行高度は300mを標準としている。シミュレーション結果によれば、300m高度の空間線量率の90%に寄与する線源の半径は470m程度である17)。従って、航空機モニタリングで測定した結果をその直下の結果と結びつけることは難しい。一方、広域の平均的な空間線量率の分布を測定する手法としては優れていることがわかる。
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図8 無人ヘリコプター測定の様子
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図9 無人ヘリコプターによる測定値と地上におけるサーベイメータによる空間線量率測定値の比較
4. まとめ
福島事故以来、分布状況調査等で異なる手法を用いた大規模測定が行われてきた。各手法はそれぞれ特徴を有しており、測定結果も異なる特徴を持つ結果となっている。目的に応じて適切な手法を選んであるいは組み合わせて用いることが事故後のモニタリングには必要である。福島周辺の環境測定で得られた貴重な知見は、2015年度から進められつつある国の放射能測定法シリーズの改定において活用されて行く予定である。
謝辞
分布状況調査を支援していただいた多くの方々に心より感謝いたします。
参考文献
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- 日本原子力研究開発機構, “平成23年度放射能測定調査委託事業「福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の第二次分布状況等に関する研究調査」 成果報告書」”, 2013.
- 日本原子力研究開発機構, “平成24年度放射能測定調査委託事業「福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立」成果報告書”.
- 原子力規制委員会, “平成25年度東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立事業成果報告書”.
- 原子力規制委員会, “平成26年度東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約及び移行モデルの開発事業成果報告書”.
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