放射性物質の動き-森林
森林における放射性セシウム
1. 経緯
2011年3月11日に三陸沖中部から茨城県沖までの広範囲にわたるプレート境界を震源とするマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が生じ、それに伴い東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という)の原子力事故が発生した。その結果、福島第一原発の原子炉施設から環境中へ大量の放射性物質が放出された。
福島県の約7割は森林域であり、その大部分は山地に分布する。それら山地森林に沈着した放射性セシウムの一部は、降雨を起点として発生する土壌流出や表面流に伴って、土壌粒子に吸着した粒子態あるいは表面流水に溶け込んだ溶存態として森林域から流出し、河川やダム、ため池等を通じて人の生活圏やその隣接地へ移動するものと考えられる。一方、森林内に留まった放射性セシウムは、樹木や草本、キノコ等の生活活動とともに、落葉落枝の腐植を伴う土壌生成過程などにより森林生態系内を移動し、時間とともに森林内における分布が変化すると考えられる。
原子力機構では、福島県内の山地森林に沈着した放射性セシウムの環境中の挙動(環境動態)について、森林生態系からの流出、森林生態系内における移行及び森林内とその隣接地における外部被ばく評価の3つの観点を主軸として、2012年11月より福島県内の山地森林を対象とした調査研究を進めている(新里2017)。
ここでは、森林における放射性セシウムの分布状況と移動挙動およびそれによる被ばく線量等への影響について、原子力機構及び大学や他研究機関による調査研究成果を解説する。
2. 森林内における放射性セシウム
森林生態系における放射性セシウムの主な移動経路は、図2.1のようにまとめられる。森林に生育する樹木の頂部付近(樹冠)に沈着した放射性セシウムは、林内雨、樹幹流、リターフォールといったプロセスを通じて林床へと到達し、林床では降雨を起点とする土壌流出や表面流の発生により、林床に到達した放射性セシウムが森林生態系の外部(林外)へと移動していくものと考えられる。一方、森林内に留まった放射性セシウムは、樹木の葉や樹皮の表面から樹体内に移行することや、林床に到達した放射性セシウムを根から取り込む可能性が考えられる。
森林生態系の構成は、地上と地下の構成物に区分される。地上部は主に、樹木(木本類)、下草(草本類)及びキノコ等の菌類から構成される。一方、地下部は、林床の堆積有機質層とその下に分布する鉱物土壌層(本解説では単に土壌層ともいう)から主に構成される(図2.1)。さらに、樹木や下草の根系、地下に分布する地下水などもある。ここでは、地上部として樹木、地下部として堆積有機質層と鉱物土壌層における放射性セシウムの分布状況を解説する。また、キノコ中の放射性セシウム濃度の現状と移行抑制の可能性についても解説する。
(1) 調査方法の概要
原子力機構では、森林内の各部における放射性セシウムの分布状況を把握するため、川内村荻地区においてスギ林を対象とした調査を実施している。まず、調査地に分布するすべてのスギ立木の樹高や胸高直径(地上1.3 m高さでの幹の直径)を計測し、最も頻度の高い胸高直径を持つ立木5本を選定した。伐倒時には、伐倒したスギが土壌に接触することで土壌中の放射性セシウムが伐倒したスギに付着することを防ぐため、地際周辺をブルーシートで覆うなどの処置をとった(図2.2)。
樹木試料は、地表から15 m高さまでの幹を5 mごとに採取し、樹冠付近の針葉及び枝も採取した。スギの放射性セシウム濃度は、樹皮、辺材及び心材で異なることが知られているため、伐倒した立木を現地で樹皮/辺材/心材に解体し、立木各部の放射性セシウム濃度を分析した。また、梶本ほか(2014)に従って、伐倒した立木の直径や樹高等を現地にて計測するとともに、室内にて立木各部の密度(容積密度)を計測し、地上部のスギ立木の現存量(バイオマス)を算出した。スギ立木の地上部における放射性セシウム蓄積量は、立木各部の放射性セシウム濃度とバイオマス(スギの各部の重量)から算出した。以上により得られたスギ立木1本当たりの放射性セシウム蓄積量は、調査地の立木密度から1 m2あたりの蓄積量に換算した。
森林土壌については、スギ立木を伐倒した同じスギ林において、堆積有機質層と土壌層を採取した。堆積有機質層は、未分解の状態にある落葉落枝等が堆積したリター層と、リター層の下にあり、落葉落枝等が一部あるいは原形が不明なほど分解した腐食層に分けられる。この落葉落枝等の分解の程度により放射性セシウム蓄積量が異なる可能性があるため、リター層と腐食層を区別して採取した。土壌層は、スクレーパープレートで深度20 cmまで1 cmごとに採取した。放射性セシウム蓄積量は、試料の放射性セシウム濃度と1 m2あたりの重量から算出した。
原子力機構が採用している立木試料の採取方法は、梶本ほか(2014)により整理された方法に準拠しており、以下に述べる農林水産省および林野庁による調査においても採用されている。ただし、森林土壌の採取については原子力機構とは異なり、はじめに落葉層(土壌の上にある落葉・落枝とそれらの腐朽した腐植からなる堆積有機物層)を採取し、その後、採土円筒を土壌中に打ち込み、深さ別4層の土壌(0-5、5-10、10-15、15-20 cm)の試料を採取している。
- 左) 樹木の地際から3m程度をブルースクリーンで覆い、土壌の放射性セシウムが伐倒作業により樹木に付着することを防ぐ
- 中) 立木の伐倒の様子
- 右) 伐倒立木から樹皮を採取
(2) 調査結果の概要
原子力機構によるスギ林の森林各部における放射性セシウムの蓄積状況に係る調査結果を図2.3に示す。同上図に、伐倒したスギ立木1本ごとの137Cs蓄積量を示す。針葉、枝及び樹皮における蓄積量が多く、心材と辺材の蓄積量が相対的に小さいこと、また、胸高直径が大きくバイオマスが大きいほど、放射性セシウム蓄積量が多い結果が得られた。但し、胸高直径25-30 cmの(2)は針葉で特に蓄積量が多く、他の立木が谷底に生育していたのに対し斜面の立木であることから、地形に関連した初期沈着の差異が影響した可能性が考えられる。
図2.3下図のグラフでは、2015年10月末時点のスギ立木および森林土壌における137Cs蓄積量(Bq/m2)を示した。このグラフから、森林内の137Cs蓄積量は森林土壌が大部分を占めており、スギ立木の蓄積量は非常に少ないことが見て取れる。川内村荻地区における調査結果では、森林内のセシウム137の約10%がスギ立木に分布していると推定される。また、森林土壌では、鉱物土壌層で最も137Cs蓄積量が多く、次いで腐植層及びリター層の順となり、有機物が大部分を占める腐植層にも、137Csが比較的多く存在する状況にある。
- 上左) 樹木の幹の部分の構造(用語集参照)
- 上右) 採取したスギ立木の各部におけるセシウム137の蓄積量
- 下) 杉林における森林各部のセシウム137の蓄積量
林野庁では、森林内の放射性物質の分布状況等を的確に把握した上で、森林の取扱い等の対策を検討するため、2011年度から、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所と連携し、福島第一原発からの距離が異なる福島県内の3町村4か所の6林分の調査地で調査を実施している(図2.4)。
林野庁による調査結果では、森林全体の放射性セシウム蓄積量は、いずれの調査地も明瞭な変化傾向はみられず、森林の地上部と地下部を比較すると、地上部の樹木に蓄積する割合が増加し、落葉層や土壌に蓄積する割合が増加する傾向が見られている(図2.5)。また、林野庁が2014年までの調査結果をまとめた結果、樹種による差異はあるものの、森林内の放射性セシウムの約2%(広葉樹)~4%(針葉樹)が樹木に分布している調査結果が得られている(図2.6)。
調査地名 | 主要樹種 | 福島第一原発からの距離 |
---|---|---|
川内 | スギ | 26 km |
上川内 | スギ | 28 km |
大玉 | アカマツ, コナラ, スギ | 66 km |
只見 | スギ | 134 km |
部位別にみると、2011年から2012年にかけての変化が大きく、土壌の割合が大幅に増え、落葉層も含めて他の部位の割合が低下するなどの変化が見られているが(図2.7)、2012年以降、2015年までの変化は小さなものとなっている。木材中の放射性セシウムについてみると、その濃度は、ほぼ2011年の濃度で推移している(図2.5, 図2.7)。2011年に検出された放射性セシウムは、事故直後に取り込まれたと推察されている。その後に樹木が放射性セシウムを吸収すると、木材内部の濃度は上昇すると考えられるが、農林水産省林野庁による調査では木材内部の濃度は依然として全般に低く、樹木が放射性セシウムを積極的に吸収していることは確認できていない。ただし、スギやコナラの辺材や心材で放射性セシウムの濃度変化が見られることなどから、樹木に取り込まれた放射性セシウムが樹体内を移動している可能性が示唆されている。
(3) キノコに関する調査
(山地森林における野生の山菜やキノコ類)
原子力機構では阿武隈山地内のアカマツ-コナラ林およびスギ林に生育する野生の山菜やキノコを対象とした放射性セシウムの移行挙動に係る調査を進めている。野生の山菜やキノコは生育時期が限られているため、主に春先と秋に調査地で確認された山菜等を近隣の土壌とともに採取し放射性セシウム濃度の分析を実施した。阿武隈山地の山地森林で確認された野生の山菜とキノコの調査結果は、土壌の137Cs濃度に対する植物体の137Cs濃度の比(移行係数)として整理した。その結果、スギ林で確認された野生の山菜は、キノコ類と比較して移行係数が小さい結果となった(図2.8、図2.9)。これは、同じ土壌であっても山菜のほうがキノコ類よりも放射性セシウム濃度が低くなることを示している。
また、人の生活圏に隣接したアカマツ-コナラ林に生育する野生の山菜やキノコ類についても同様に、植物体と土壌を合わせて採取し、移行係数として整理した(図2.10)。その結果はスギ林と同様であり、山菜で低くキノコ類で移行係数が高い結果となった。コシアブラとタケノコは、山菜でも比較的高い移行係数であった。
以上のように、キノコ類では土壌に対する移行係数が高くなることから、原子力機構では、その移行を抑制するための手法開発として、コナラを用いたシイタケ原木栽培における放射性セシウムの移行抑制試験を2015年度より実施している。コナラ原木は調査地近隣で伐倒された原木を使用している。また、シイタケの測定方法は,厚生労働省が定める試験法(厚生労働省2012)に従い実施した(図2.11)。
移行抑制剤として、原子力機構が民間企業と共同開発したラコイン(ゼオライト、バーミキュライト及びマイカ等の鉱物を微粉砕し混合したもの)及びゼオライトを使用し、種菌に重量比で1%添加した。試験では、移行抑制材を添加しない種菌、ゼオライト添加の種菌及びラコイン添加の種菌の3種類を用意し、種菌を植菌したコナラ原木の放射性セシウム濃度と、それぞれの種菌から発生したシイタケの放射性セシウム濃度を測定した。分析結果は、原木の放射性セシウム濃度に対する発生シイタケの放射性セシウム濃度の比である移行係数として整理した。その結果、移行抑制材を添加しない種菌から発生したシイタケと比較し、移行抑制剤を添加した種菌から発生したシイタケでは放射性セシウムの濃度が6割から8割程度に低減する効果が確認できた。ただし、シイタケの発生数が少なかったため、今後も試験を継続して実施する予定である。
(出荷・販売目的の山菜及びキノコ類)
福島県内で出荷・販売を目的に生産または採取されるキノコや山菜は、安全性を確認するための検査が実施されている。福島県では、国のガイドラインによる農林水産物等緊急時環境放射線モニタリングや米の全量全袋検査をはじめとする産地・生産者による自主検査など、農産物等の放射能検査を行い、安全な農産物等だけが流通・消費される体制が作られている。農林水産物等緊急時環境放射線モニタリングは、国の原子力災害対策本部(本部長;内閣総理大臣)が定めた考え方(原子力災害対策本部HP)に基づき、福島県を含む関係都県において実施されている。このガイドラインに基づき、福島県がサンプリング計画を定め、検体採取と測定を行っている(福島県ふくしま復興ステーションHP)。
栽培キノコの出荷は、生産者ごとに、キノコ発生前に資材(ほだ木や菌床等)に含まれる放射性セシウム濃度を測定し、国が定める指標値(表2.1)以下であることを確認した後、出荷前にモニタリング検査が実施されている(林野庁HP「きのこや山菜の出荷制限等の状況(福島県)」)。これまでに山菜・きのこは、野生のものも含めて毎年60品目前後のモニタリング検査がおこなわれ、厚生労働省が示した一般食品中の基準値を超えたものは徐々に減ってきている(表2.2)。
表2.1 きのこ等の基準値・指標値(単位: Bq/kg)
国が定める指標値: 発生したキノコが基準値を超過しないために国が定めたほだ木や菌床の指標値。
対象品目 | 指標値 | 指標値設定 |
---|---|---|
きのこ・山菜(一般食品基準) | 100 | 2012年4月 |
きのこ原木・ほだ木 | 50 | 2012年3月 |
菌床用培地 | 200 | 2012年3月 |
※きのこ・山菜は基準値
林野庁HP「Q&A森林・林業と放射性物質の現状と今後 復興・再生を目指して(平成28年10月)」、一部改変)
表2.2 きのこ・山菜のモニタリング検査結果
検査件数 | 基準値超過 | |
---|---|---|
2012年度 | 1,180 | 90 |
2013年度 | 1,457 | 80 |
2014年度 | 1,564 | 25 |
2015年度 | 1,562 | 7 |
2016年度 | 1,832 | 2 |
2017年度 | 2,111 | 1 |
2018年度 | 1,662 | 1 |
資料:福島県HP、一部改変
参考文献
- 福島県、これまでのモニタリング検査結果【平成29年1月】
- 福島県、農産物等の放射性物質モニタリングQ&A、ふくしま復興ステーション
- 原子力災害対策本部、「検査計画、出荷制限等の品目・区域の設定・解除の考え方」(平成27年3月20日一部改正)
- 梶本卓也ほか(2014)森林生態系における樹木・木材の放射性セシウム分布と動態の調査法、森林総合研究所研究報告13,113
- 厚生労働省(2012)食品中の放射性物質の試験法について、食安発0315第4号
- 新里忠史(2017)7-1(1)福島長期環境動態研究(F-TRACE)-森林調査-.2016年度版東京電力ホールディングス福島第一原子力発電所事故に係る廃止措置及び環境回復への原子力機構の取り組み、原子力機構、2017年3月
- 農林水産省(2016)プレスリリース「平成27年度 森林内の放射性物質の分布状況調査結果について(平成28年3月25日)」
- 林野庁(2015)平成26年度森林内における放射性物質実態把握調査事業報告書(2015年3月)
- 林野庁、きのこや山菜の出荷制限等の状況(福島県)(林野庁、更新日 平成28年6月24日)
- 林野庁、Q&A森林・林業と放射性物質の現状と今後 復興・再生を目指して(平成28年10月)
3. 森林からの放射性セシウムの流出
福島県の森林は大部分が山地に分布しており、民有林のうち、針葉樹林は約4割程度、広葉樹林が約5割強、残り1割弱は竹林等である。針葉樹林ではスギ林が最も多いことを特徴とする(福島県2013)。また、森林からの流出は地形の傾斜にも関連すると考えられる。これらのことから、原子力機構では、山地森林のうち、スギを優占種とする針葉樹林(KAプロット;斜面)と落葉広葉樹林(KE;尾根及びKWプロット;斜面)を調査地に選定した。放射性セシウムは、降雨、樹幹流及びリターフォールに伴い林床へ移動し、林床に到達した放射性セシウムは、表面流と土砂移動に伴い林外へ移動すると考えられる。そこで、原子力機構では、すべての移動プロセスが関与する林床を基準として、放射性セシウムの流出及び流入状況を観測するための観測プロットを各調査地に設置した(Niizato et al.2016;新里2017)(図3.1)。
林床に直接沈着ないしは移行した放射性セシウムは、落葉落枝を含む堆積有機物層からその下の鉱質土層に移動する。一方で、土壌粘土粒子と強く結合することから、鉱質土層へ移動した放射性セシウムの大部分は、表層部分に貯留されている状態にある。この状態は、放射性セシウムが可溶化して下方へ移動し、地下水を汚染する可能性が極めて低いことを示す一方で、降雨や融雪による土砂流出時に、土粒子に吸着した高濃度の放射性セシウムも一緒に流出し、その結果、下流水域や河川氾濫原への集積(再汚染)が生じる可能性も示唆している。このため、国立環境研究所では、水田や市街地を主とする下流域に比べ、森林を主とする上流域が相対的に高汚染状態にある浜通り地方北部河川流域を対象として、山地森林流域における放射性セシウムの流出実態を把握するため、2012年度から水文観測や採水調査を継続実施している。
(1) 調査方法
(観測プロットにおける調査方法)
流出入状況の観測は主に降雨期の4~11月期に実施しており、降雨量、リターフォール量、樹幹流量、表面流量及び土壌移動量の観測とともに、水や土壌試料を採取し、放射性セシウム濃度の分析等を実施している。
いずれの観測項目においても、観測する面積を一定とし、その一定面積あたりから流入流出する量と放射性セシウム濃度を測定することにより、観測期間あたりの放射性セシウム流出入量を単位面積当たりで算出している。例えば、リターフォールによる放射性セシウムの林床への流入量の計算では、1m2の面積を持つリターフォールトラップを観測地に設置し、そのトラップを用いて観測期間あたりに樹冠から林床へ降下するリターフォールの量(kg/m2)を観測する。そして、採取したリターフォールの放射性セシウム濃度(Bq/kg)を原子力機構が有する分析施設にて測定し、「リターフォール量(kg/m2)×リターフォールの放射性セシウム濃度(Bq/kg)」、により、単位面積当たり(1m2)のリターフォールによる林床への放射性セシウム流入量(Bq/m2)を算出している。
樹幹流については、樹木の胸高(約130cm高さ)付近にシリコンのコーキング材で漏れを防いだゴム製あるいはプラスチック製の樹幹流サンプラーを巻きつけて設置し、観測期間において樹木1本から流出する樹幹流下量(リットル)を観測する。樹幹流の場合には、樹木の枝や葉が林床を覆う面積(樹冠投影面積、m2)を別途計測しておき、「樹幹流下量(リットル)÷樹幹投影面積(m2)」、により、1m2あたりの樹幹流量(リットル/m2)を算出する。さらに、採取した樹幹流の放射性セシウム濃度の分析値から、「樹幹流下量(リットル/m2)×樹幹流の放射性セシウム濃度(Bq/リットル)」、により、単位面積当たり(1m2)の樹幹流による林床への放射性セシウム流入量(Bq/m2)を算出する。林内雨による単位面積当たりの林床への放射性セシウム流入量についても、林内雨量(mm = リットル/m2)とその放射性セシウム濃度(Bq/リットル)を乗ずることにより求められる(Bq/m2)。
観測地における放射性セシウムの林床からの流出量は、周囲から表面流や土壌移動に伴う放射性セシウム流入が生じないようにステンレス製あるいはプラスチック製の板で囲った観測プロットを設置し、一定面積を持つ観測プロットから流出する表面流量(リットル/m2)と土壌移動量(kg/m2)を観測し、表面流水と土壌の放射性セシウム濃度(Bq/リットル及びBq/kg)をそれぞれ乗ずることにより、林床からの放射性セシウム流出量を単位面積当たりで算出する。
(山地森林流域での放射性セシウム流出に関する調査方法)
福島県浜通り地方の主要河川である宇多川と太田川を対象に、それぞれ上流の森林小流域を試験地として、河川流量や濁度の連続観測および平水時と降雨時に河川水採取調査を行った。採取した河川水は主にカートリッジフィルタを用いた前処理作業によって、溶存態(水に溶けた状態)と懸濁態(土粒子に付着した状態)に分離・回収し、それぞれに関して、ゲルマニウム半導体検出器を用いて134Csならびに137Cs濃度(Bq/L)を測定した。併せて測定した浮遊性懸濁物質(SS)濃度から、濁度からSS濃度を換算する式の作成とSS単位重量当たりの放射性セシウム濃度の算定を行った。さらに、これらを基に、試験流域からのSSならびに放射性セシウム流出フラックスを算出した。
(2) 調査結果の概要
(観測プロットにおける調査研究の成果)
図3.2に、川俣町山木屋地区における林床への放射性セシウム流入量の観測結果を示す。同最上図は、リターフォール、樹幹流及び林内雨による林床への流入量を、福島第一原発の事故以降の累積沈着量で示したものである。事故直後は、林内雨による流入量が大部分を占めたものの、時間の経過とともに「落葉等」と示されたリターフォールによる流入量が著しく増加している。原子力機構の観測プロットによる観測では(図3.2 中央及び最下図)、樹幹流中の放射性セシウムについては、採取した樹幹流の液体をフィルターでろ過し、孔径0.45μmのフィルターを通過したものを溶存態、通らないものを懸濁態と区別した場合、懸濁態では減少傾向がみられるものの、溶存態では明瞭な変化が見られず、ある一定の幅をもって増減するといった観測データが得られている。
図3.2 森林域における林床を基準としたセシウム137(137Cs)の流入量(川俣町調査事例)
- 上) リターフォール(落葉等)、樹幹流及び林内雨による林床へのセシウム137流入量の時間変化
(原子力規制庁委託事業「平成26年度東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約及び以降モデルの開発」事業成果報告書に原子力機構委託研究成果を加筆) - 中および下) 樹幹流の放射性セシウムの時間変化(Sasaki et al,2016による)
原子力機構による以上の調査観測で得られた放射性セシウム流出入量を図3.3に示す。観測期間は、2013年と2014年の4月~11月期である。林床への放射性セシウム流入量は、リターフォール、樹幹流及び林内雨による流入量の総和であり、流出量は、表面流と土壌流出による流出量の総和である。図3.3のグラフでは、流入量を右側、流出量を左側に伸びる棒グラフで示している。このグラフから、林床へ流入する137Cs量は、林床から流出する137Cs量を上回り、森林内に留まる傾向にあると考えられる。また、137Cs流出入量の経年変化については、今回対象とした調査地及び観測期間では非常にわずかであり、調査地による違いが大きいことがわかる。同じ落葉広葉樹林であっても、斜面(図3.3のKWプロット)と比較して、尾根(図3.3のKEプロット)では流入が流出を大きく上回り、137Csの流出入状況は地形要素とも関連すると考えられる。ここで、調査地における137Cs蓄積量(Bq/m2)と137Cs流出入量(Bq/m2)を比較すると、流入量は調査地における蓄積量の0.78~3.45%、流出量は0.05~0.19%となり、いずれも蓄積量と比較し非常に小さいことが明らかとなっている。
(山地森林における小水系における調査研究の成果)
観測プロットを用いた森林生態系からの放射性セシウム流出量の観測は、山地森林の斜面を対象としたものである。そのため、森林内の小水系全体から流出する放射性セシウム量の観測については、小水系の出口付近を倒木によりせき止められた天然ダム及び谷の出口に治山ダムが設置された地点で実施した。また、観測プロットでの調査観測では、放射性セシウム流出量の大部分が土壌流出に伴うものであった。このため、小水系全体からの放射性セシウム流出に関しては、観測期間中に谷の出口に堆積した流出土壌及び流出土砂の体積を計測し、流出した土壌及び土砂の密度と放射性セシウム分析値から、土壌流出に伴い小水系から流出する放射性セシウム量を算出した。この調査方法では、表面流に伴う放射性セシウム流出量は含まれない。
川内村荻地区の場合、小水系の流域全体からの137Cs流出量と森林斜面に設置した観測プロットにおける137Cs流出量の比較から、小水系の流域全体から流出する放射性セシウム量は、森林斜面からの流出量と比較して1桁小さく、より少ない可能性が示された(図3.4)。
浪江町の治山ダムが設置された谷出口での観測では、調査地が土石流発生地であることから比較的大量の土砂流出が見込まれたため、3Dレーザースキャナーを用いて地形面の計測を行い地表面モデルを作成し、観測期間の開始時と終了時における地形面の高低差から、土砂流出による体積の増減を算出した。流出土砂の放射性セシウム濃度は、流出土砂により堆積が増加した地点の土壌試料(観測期間中に堆積した土壌)を採取した。
その結果、福島県浪江町の調査事例では、約2年3か月間(2013年8月29日~2015年12月1日)で観測されたセシウム137の流出率は、観測期間中の年平均で約0.5%となり、観測プロットを用いた流出率の算出結果よりもわずかに高いものの、1%に満たない結果となった(渡辺ほか、2017;図3.6)。同調査地では、2015年9月9日と9月10日の2日間で、年降雨量の2割強に達する大雨が観測されたため、それに伴う土砂流出の増加により、137Cs流出量も増加したものと考えられる。また、流出土壌のセシウム137濃度は、時間とともに減少する傾向にあった。これは森林土壌における放射性セシウムの深度分布を考えると、地表面付近の比較的に放射性セシウム濃度の高い土壌が観測初期の時点で流出したため、それ以降は比較的濃度の低い土壌が流出しているためと推測される(渡辺ほか、2016)。
期間 | 堆積物の流出量(m3) | 137Csの流出量(MBq) | 137Csの流域からの流出率(%) |
---|---|---|---|
2013年8月29日 ~2014年12月3日 |
0.5 | 131 | 0.21(年間0.17) |
2014年12月3日 ~2015年9月2日 |
0.1 | 40 | 0.06(年間0.08) |
2015年9月2日 ~2015年12月1日 |
1.8 | 488 | 0.77(年間3.1) |
合計 | 2.4 | 720 | 1.05(年間0.46) |
(山地森林流域での放射性セシウム流出に関する調査研究の成果)
平水時の森林河川は清澄でSS濃度が非常に低いことから、河川水中の放射性セシウム濃度は、溶存態と懸濁態がほぼ同程度であった(宇多川上流でミリBq/Lオーダー、太田川上流で10ミリBq/Lオーダー)。一方、降雨流出等により河川水中のSS濃度が増加するにつれて懸濁態が占める割合が急激に増え、流出ピーク時には少なくとも95%以上が懸濁態として流下していることが示された。
その結果、森林流域からの放射性セシウムの流出は、降雨流出時に卓越して生じること、流出量は降雨の規模に強く依存することが示唆されたが、実際に、宇多川、太田川いずれの森林小流域ともに、台風の襲来時等年に2から3回程度発生する大規模な降雨の際の放射性セシウム流出量が、年間の流出量の大部分を占めることが確認された。
主に降雨時において発生する放射性セシウムの流出量は、森林流域に沈着した原発事故由来の放射性セシウム量に比べると非常に少なく、年間流出率で評価した場合、3年間(2012年9月-2015年9月)の調査を行った宇多川上流の森林小流域では0.04~0.16%、2年間(2014年1月-2015年12月)の調査を行った太田川上流の森林小流域では0.08-0.38%と推定された。年間流出率は、年ごとの雨の降り方によって変動するものの、観測史上最大規模の豪雨(平成27年関東・東北豪雨)が生じた年においても0.4%未満と推定された。これにより、原発事故によって森林に沈着した放射性セシウムは、土壌を主体として長期的に森林流域に貯留、保持され続けることが示唆された(図3.7)。
以上のことから、福島県浜通り地方の森林流域を対象とした通年での放射性セシウム流出量調査によって、森林からの放射性セシウム流出の大部分は、水に溶けた状態(溶存態)ではなく土粒子に付着した状態(懸濁態)で生じていることが確認された。また、台風のような、年に数回程度の大雨による流出土砂が、放射性セシウムを森林から下流へと運ぶ主な要因となっていること、一方で、観測史上最大規模の豪雨発生時(平成27年9月関東・東北豪雨)においても、流出量は森林内の沈着量と比べて非常に少なく0.4%と見積もられ、大部分が森林に蓄積されたままの状況にあることが明らかになった(林ほか2017;国立環境研究所2014;国立環境研究所2016;国立環境研究所2017;Tsuji et al.2016)。
参考文献
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- 国立環境研究所(2014)環境回復研究プログラム(PG1p)の成果:放射性物質の大気、水、土、植物、動物等の環境媒体における挙動解明
- 国立環境研究所(2016)平成26年度災害環境研究成果報告書:第3編 環境回復研究2-放射性物質の環境動態解明、被ばく量の評価、生物・生態系への影響評価-
- 国立環境研究所(2017)平成27年度災害環境研究成果報告書:第3編 環境回復研究2-放射性物質の環境動態解明、被ばく量の評価、生物・生態系への影響評価-
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- 渡辺貴善,大山卓也,石井康雄,新里忠史,阿部寛信,三田地勝昭,佐々木祥人 (2017) 3Dレーザースキャナーによる測量から求めた治山ダムへの放射性セシウムの堆積量. KEK Proceedings 2017-6. p.122-126.
4. 森林斜面の侵食挙動
福島県の森林は大部分が山地に分布しており、民有林のうち、針葉樹林は約4割程度、広葉樹林が約5割強、残り1割弱は竹林等である。針葉樹林ではスギ林が最も多いことを特徴とする。また、森林からの流出は地形の傾斜にも関連すると考えられる。これらのことから、原子力機構では、山地森林のうち、スギを優占種とする針葉樹林(KAプロット: 斜面)と落葉広葉樹林(KE: 尾根及びKWプロット: 斜面)を調査地に選定し、2013年4月より観測を実施している(Niizato et al.2016)(「3. 森林からの放射性セシウムの流出」参照)。
観測プロットを利用した放射性セシウム流出量の観測では、主に、樹種と地形要素の観点から調査地を選定している。林床状況については、落葉落枝等による林床の被覆率(林床が落葉落枝等で覆われる割合)がほぼ同程度であり、90%程度と高い地点を観測プロットに選定している。そのため、原子力機構では、川俣町において林床状況の異なる地点を選定し、降雨を起点とした放射性セシウム流出量の観測を降雨期に実施した(新里ほか2017)。
(1) 調査方法
川俣町山木屋地区のアカマツ-コナラ林を対象として林床状況の異なる地点を選定し、モーガン型スプラッシュカップを用いた放射性セシウム流出量の観測を約1か月間(2016年10月4日~24日)実施した(図4.1)。林床に到達した雨粒(雨滴)は、落葉落枝や土壌粒子に衝突しそれらを跳ね上げ、落葉落枝や土壌粒子の流出を引き起こすと想定される。このようなプロセスは雨滴侵食と呼ばれ、土壌が裸地化している林床ほど土壌侵食量が多いことが知られている。雨滴侵食の起点となる雨滴は、降雨が直接林床に到達する雨滴に加えて、いったん樹木の枝葉にとらえられた雨水が、枝葉から林床へ到達する枝葉滴下も含まれており、雨滴直径の大きな後者による侵食効果が大きい。降雨が直接林床へ到達する林外雨の場合、「猛烈な雨」と気象予報で呼ばれる80mm/h以上の降雨であっても、雨滴直径は2mm程度に直径のピークをもつ。一方、枝葉滴下を含む林内雨の場合は、いったん樹木にとらえられた雨水が枝葉に集まった後に林床へ滴下し、その落下距離も短いため、比較的大きな直径の雨滴となる(林外雨の直径が1 mm程度の降雨の場合、樹種により異なるものの、林内雨の直径は3~5mm程度にピークをもつ)。そのため、調査地の林内において、地上から樹木の枝葉までの高さや枝葉が林床を覆う面積などがほぼ同様であり、落葉落枝による林床の被覆率が異なる地点にモーガンカップを設置し、観測を実施した(図4.2)。
(2) 調査結果の概要
観測期間の2016年10月4~24日の約1か月間における総降雨量は、原子力機構が林内に設置した2基の雨量計から20.0~21.0mmであった(図4.3)。観測期間中の感雨は10月6、8、9、17日であり、10月8日に最大の降雨強度(14.2~14.5mm/日)が得られた。
モーガン型スプラッシュカップを用いた観測では、同カップの中央に林床が露出するよう穴があけられており、その周囲に配置された回収トレイで雨滴により跳ね上げられた土壌が回収される。回収トレイは、カップ中央のステンレス板により斜面上側と下側が仕切られており、斜面下側のトレイに堆積した土壌量から上側に堆積した土壌量を差し引くことで斜面の下方へ移動する土壌量が算出される。設置したすべてのモーガン型スプラッシュカップの面積から、雨滴衝撃により土砂が跳ね上げられた面積を1m2あたりに換算することができる。すなわち、同カップにより、単位面積あたりの斜面下方への土砂移動量(g/m2)が観測できる。採取した土壌試料の放射性セシウム濃度(Bq/g)を測定し、測定値に単位面積当たりで雨滴衝撃により移動する土壌量を乗ずることにより、単位面積あたりに雨滴衝撃で移動した土砂移動に伴う放射性セシウム流出量が算出できる。
以上の方法で算出した観測地における放射性セシウムの流出率は、林床の被覆率が5.1、48.2、95.4%と高くなるにつれて減少する傾向が認められた(表4.1)。なお、得られた流出率は、同カップによる観測地の約20 m北側で実施している観測プロットでの流出率よりやや高いものの、観測地周辺の土壌に含まれる137Csと比較し非常に少ない値となった。
この結果は林床の被覆が土壌流出に伴う放射性セシウムの移動に関連して重要な環境条件であることを示しており、除染地で落葉落枝が堆積するような環境や下草が繁茂するような環境を整えることが、林外への土砂流出に伴う放射性セシウム移動抑制につながることを示すと考えられる。
参考文献
- Anderson, R.S., Anderson, S.P.(2012) Geomorphology the mechanics and chemistry of landscapes. Cambridge University Press, New York
- Niizato et al. (2016) Input and output budgets of radiocesium concerning the forest floor in the mountain forest of Fukushima released from the TEPCO's Fukushima Dai-ichi nuclear power plant accident, J. Environ. Radioact., 161, 11-21.
- 新里忠史、佐々木祥人、三田地勝昭(2017)福島県阿武隈山地の山地森林における林床状況に関連した放射性セシウム流出量. 日本地球惑星科学連合2017年大会要旨、HCG32-01
- 恩田裕一編(2008)人工林荒廃と水・土砂流出の実態.岩波書店、東京.
5. 雨による流出と空間線量率への影響
環境中に放出された放射性セシウムは、表層土壌粒子や枝葉等の植物に付着しており、これらの存在が空間線量率を高めている原因となっている。これらの放射性セシウムが付着した土壌粒子や枝葉等が移動し、放射性セシウムの分布が変化すると、空間線量率の分布も変化すると考えられる。土壌粒子や枝葉等が移動に伴い、空間線量率等の変化が生じるかどうかを確認するため、長期的な空間線量率測定を実施した。
福島県川内村貝の坂における調査事例を示す。図5.1は川内村貝の坂における森林に面した斜面下端付近での線量率測定結果である。線量率は時間の経過とともに減少する傾向にあるが、1cm表面線量率は測定値のばらつきが大きくなっている。これは斜面からの土砂流出や測定点付近の側溝や道路に一時的に溜まった土砂や枝葉等に付着した放射性セシウムの影響を受けていることが原因の一つと考えられる(図5.2)。また、このような現象が生じていても、1m空間線量率のばらつきは小さく、表面の影響が空間線量率には影響していないことが分った。
6. 斜面からの流出抑制
山地森林に残存する放射性セシウムは、わずかではあるが河川水系を水流により土壌粒子とともに移動すると考えられる。これらが、我々の生活圏に流入した場合、生活圏に堆積することによる外部被ばく線量の増加や、農作物、水産物、飲料水等の中の放射性セシウム濃度増加に起因する内部被ばく線量の増加が懸念される。このような場合、放射性セシウムの生活圏への流入量を低減させることができれば、被ばく線量増加の抑制が期待できる。
土壌粒子の中でも、単位重量当たりのセシウム吸着量が多く、水中で沈降しにくいため長距離を移動すると考えられる微小な粒子は、生活圏や河口域に至るセシウムの移動現象を支配するといえるが、言い換えれば、この微小な土壌粒子の移動を抑制することができれば、放射性セシウムの移動自体も抑制することができる。特に、微小な土壌粒子の発生源に近く、水系の規模が小さい段階であれば、比較的小規模な対策により微小な土壌粒子の移動を効果的に抑制することが期待される。
このような、比較的小規模な対策、あるいは、ダム等既存の構造物の利用により、効果的に微小な土壌粒子の移動を抑制する技術を提案することが、移動抑制技術開発の目的である。移動抑制技術の基本方針は、微小な土壌粒子の(1)固定化(動き出さないようにする)、(2)捕捉(移動経路上で捕らえる)、(3)集積(集まりやすいところに集め、堆積させる)の3つである。本項では、(1)固定化に係る技術開発の成果を述べる。
(1) 斜面表層土壌粒子の固定化
表層の土壌粒子に収着している放射性セシウムが、特に斜面において、降雨・降雪等の降水を起点として表面流に伴い移動する可能性がある状況では、土壌粒子の移動を抑制する方法として表土固定化を選択する場合がある。既存技術の土壌固定化方法は多種多様であり、それぞれに特徴及び特性がある。このため、複数種類の方法を同一の土壌及び気候条件下において比較し、それぞれの優劣を見極める観点から試験場を設計・施工した。
(2) 試験場
試験場の選定条件は、以下のa.からf.の6項目とした。
- 表土剥ぎ等の除染がされていない場所であること。
- 表層流が生じるような、ある程度の斜度を持つ場所であること。
- 表層が土壌であり、草刈りで裸地にすることが可能な場所であること。
- 複数種類の固定化方法を同時並行で試験可能な広さを有すること。
- 降雨及び日照を遮る人工物が無いこと。
- 設置・メンテナンス作業及び観測作業のためのアクセスが可能であること。
以上の6項目を満足する候補地として、浜通り地区の自治体が所有する元放牧地内の一画を選定した。試験場の候補地は、表土剥ぎが未実施の場所で全体の斜度が概ね8~10度に収まっており、表面の凹凸が少なく、表層が土壌で500 m2程度が借用可能な状況であり、降雨及び日照を遮る人工物は皆無であるとともに、仮置き場に隣接することからアクセスも可能な状況であった。
(3) 試験枠及び観測枡の設計
試験場は、6種類の固定化方法を同時並行で比較するために、斜面方向に長い試験枠を設置し、枠外からの流入や枠外への流出を防ぐためにステンレス鋼製板材で囲むこととした。また、裸地のまま固定化を施さない試験枠を1本設置し、固定化を施した試験枠と合わせて合計7本の試験枠を設置することとした。また、各試験枠の斜面最下端側には、表面流の水量及び流出土壌量を測定するためにステンレス製の観測枡を設置することとした。試験枠は、20 mの長手方向を斜面の傾斜方向に対して平行とし、幅を1.6m、高さを0.5 m(地中0.2 m・地上0.3 m)と設計した。7本の試験枠及び観測枡は、ほぼ同じ斜度(8~10度)の斜面に平行に設置し、枠と枠の間の距離を1 mとした。試験枠の長さ20 mは、森林観測プロットを参考としながら、試験場の斜度を加味して決定した。図6.1に土壌固定化施工後の試験場を示す。
(4) 固定化方法
固定化方法は、既存技術の中から安全性、固定化力、経済性、施工性、自然融和性の優れたものを条件として選択するようにした。参考としたのは、土木工事における法面土壌の防塵・防侵食工法であり、調査した10種類の工法について比較・検討を行い、6種類の固定化方法を選定した(表6.1)。一般的な土木工事において法面等の表土固定化の方法を選定するに当たっては、現地の状況、即ち、裸地か整地した跡地か、植生を残したままの対策か、急勾配かどうか、切土か盛土か、森林内の斜面で樹木が生えているかどうか、現地材だけを用いるのか、搬入材の利活用があるか、環境への配慮をどの程度とするか、経済性をどこまで求めるかといった観点が判断に関わってくる。放射性セシウムの移動抑制に係る土壌固定化基礎試験においては、将来的な土壌固定化の利用価値をより高める観点から、比較検討の項目を以下のa.からe.の5点とした。
- 安全性:人体及び鳥獣に対して有毒な成分を含まないこと。
- 固定化力:耐候性が良く、土壌の流出を防止する力が強いこと。
- 経済性:材料及び施工費用が安価なこと。
- 施工性:施工が簡便であること。
- 自然融和性:出水の原因になり難く、長期使用後には生分解や劣化等で自然に溶け込み現地に固定化物質が残存しないこと。
上記5項目による比較検討の結果、土壌固定化基礎試験で用いる工法を以下の6種類と決定した。各土壌固定化方法を比較検討するにあたっては、試験場の気象条件を記録するための気象観測装置及び地中温度計、観測枡に流入する表面流量を記録するための水位計を設置した。図6.1に土壌固定化試験の施工後の状況、図6.2に施工直後の表土を示す。
(土壌固定化基礎試験で用いる工法)
- マグストップ(工法名):無機系
- クリコート(製品名):有機系
- ポリイオンコンプレックス(通称名):有機系
- M&Dガード工法(工法名):有機系+植物系
- 種子吹付工法(工法名):植物系
- ワイヤーストロー(製品名):植物系
(5) これまでに得られた結果
- 環境安全性:6種の工法が自生動植物に影響を与えないことを確認した
- 経済性:種子吹付け工法が最も安価で、ワイヤーストロー法が最も高価である
- 施工性:ポリイオンコンプレックス法、ワイヤーストロー法は重機が不要。後者は更に工具が不要という点で施工性が高い。
- 自然融和性:6種とも良好
- 固定化力:観測枡の水からは放射性セシウムが不検出であり、固定化剤が放射性セシウム溶出を生じないことを確認。
今後は、各固定化方法について、選定項目として挙げた「b. 固定化力:耐候性が良く、土壌の流出を防止する力が強いこと」及び「e. 自然融和性:出水の原因になり難く、長期使用後には生分解や劣化等で自然に溶け込み現地に固定化物質が残存しないこと」を確認するため、一定期間ごとに取得した以下のデータを取りまとめる予定である
- 表面汚染密度変化:枠内定点をGM管サーベイメータで定期的に測定
- 観測桝への流入土壌の分析:流出土壌重量、放射性セシウム濃度、粒度分布
- 観測桝への流入水の分析:表層水流量(水位計及び降雨計から換算)、セシウム濃度,水素イオン指数(pH)
- 気象観測:気象イベントの自動記録(10分毎)
- 地中温度:枠内温度変化の自動記録(10分毎)
- 観測枡内水位:水位変化の自動記録(10分毎)
7. 地下水への移行
森林生態系の構成は、地上と地下の構成物に区分される。地上部は主に樹木(木本類)、下草(草本類)及びキノコ等の菌類から構成される。一方、地下部は、林床の堆積有機質層とその下に分布する鉱物土壌層(本解説では単に土壌層ともいう)から主に構成される(図2.1)。さらに、樹木や下草の根系、地下に分布する地下水なども含まれる。ここでは、原子力機構が実施した鉱物土壌層における放射性セシウムの分布調査の結果を解説する(新里ほか2013;新里ほか2016)。また、2014年から環境省が実施している全国の公共用水域及び地下水における放射性物質モニタリングの結果についても紹介する(環境省HP)。
(1) 調査方法
放射性セシウムの深度分布に係る森林内での土壌採取では、スクレーパープレートという土壌採取器具を使用し深度20cmまでの土壌を1cm間隔で採取している。スクレーパープレートはステンレス製の土壌採取器具で、地表面に取り付けるフレームと土壌を採取するスクレーパーから構成される(図7.1)。同器具による土壌採取では、地表面にくぎ等でフレームを固定し、フレームに沿ってスクレーパーを前後に動かし土壌をはぎとりつつ採取する(図7.1右)。スクレーパープレートを利用することで、一定面積の土壌を1 cm単位や0.5 cm間隔で採取できる。このようにして採取した土壌試料は、原子力機構が有する分析施設で乾燥等の前処理を実施後、Ge半導体検出器を使用して放射性セシウムの分析を実施している。
-
図7.1.1 スクレーパープレートによる土壌採取
(フレームを地表面にセットした状態) -
図7.1.2 スクレーパープレートによる土壌採取
(スクレーパーによる土壌の剥ぎ取り)
(2) 結果概要
川内村荻地区の調査事例では、2013年1月と2014年10月に採取した土壌試料の137Csの深度分布をみると、各深度における137Csの沈着量の経年変化は、地表面付近で沈着量が減少し、深度方向にその分布がわずかに広がる傾向が認められる(図7.2)。また、2014年10月時点の137Csの沈着量を詳しく見ると、深度5cmまでに全沈着量のうちの84~92%が存在しており、土壌の深さ方向への137Csの移動はわずかであることが分かった。
さらに、川内村荻地区において、谷底から尾根に向かう複数地点で土壌を採取し、137Csの深度分布の形状をみると、尾根や林内の作業道(林道)といった平坦面と比較して、斜面でより深部まで137Csが分布する傾向が認められた(図7.3)。このような放射性セシウムの深度分布の経年変化は、初期沈着後の放射性セシウムの移動状況が地形要素で異なることを示唆するものと考えられる。
(3) 地下水調査結果
福島県及び周辺県での放射性物質モニタリングについては、当該事故由来の放射性物質の水環境における存在状況の把握を目的として、1都8県において、公共用水域で約600地点、地下水で約400地点において、2011年9月以降継続的に実施されてきた。2011年から2014年までの放射性セシウムの測定の結果概要は、以下のとおり報告されている。
〈公共用水域〉
① 水質 (検出下限値: 1Bq/L)
河川及び湖沼では、検出率は全県で減少傾向で推移し、福島県以外では2013年以降検出されていない。
沿岸では、全地点で不検出であった。
② 底質 (検出下限値: 10Bq/kg)
a) 濃度分布
河川では、福島県浜通り、会津、茨城県及び千葉県の一部で、比較的高いレベルの地点があった。そのほかの都県等では、全体として比較的低いレベルであったが、部分的に、比較的高濃度の地点があった。
湖沼では、福島県浜通りの一部で、比較的高いレベルの地点があった。そのほかの都県等では、全体として比較的低いレベルであったが、部分的に、比較的高濃度の地点があった。
沿岸では、宮城県及び福島県の一部で、比較的高いレベルの地点があった。そのほかの都県では、全体として比較的低いレベルであった。
b) 増減傾向
河川では、ほとんどの地点で減少傾向がみられた。
湖沼では、ばらつきがみられる地点はあるものの、それ以外の地点では、ほとんどの地点で減少又は横ばい傾向がみられ、一部の地点において増加傾向がみられた。
沿岸では、ばらつきがみられる地点はあるものの、それ以外の地点では、ほとんどの地点で減少傾向がみられた。
〈地下水〉
地下水の水質については、2011年に検出された2地点を除き、全地点で不検出であった(検出下限値1Bq/L)。
放射性セシウム以外の核種については、以下のとおり報告されている。
- I-131:公共用水域及び地下水について、全地点で不検出であった。
- Sr-89:地下水について、全地点で不検出であった。
- Sr-90:公共用水域の底質について、一部の地点で検出されているものの、放射性物質濃度は減少傾向であった。地下水について、全地点で不検出であった。
2014年度末に環境省において取りまとめられた以上の報告では、放射性物質濃度は、地点によっては、採取回ごとの試料の採取場所及び性状のわずかな違いによっても数値の増減変動にばらつきが見られると考えられることから、2015年度以降も継続して本モニタリングを実施することが適当である、と結論されている。
直近の福島県内における地下水質モニタリング結果については、「地下水質のモニタリング調査における放射性物質の測定結果(2016年8月分)について」として報告されている。同報告によると、福島県内の地下水162地点(図7.4)において放射性セシウム(134Cs及び137Cs)を測定した結果(検出限界値はすべて1 Bq/L)、全地点においていずれも不検出であった。環境省では、今後も、福島県及びその近隣地域において、県や市町村等の関係機関と調整を行い、継続的に地下水の放射性物質濃度のモニタリング調査を実施することとしている。
参考文献
- 環境省、水環境における放射性物質のモニタリング結果(平成26年末取りまとめ)について(平成27年3月31日) ※転載・一部表現変更。
- 環境省、地下水質のモニタリング調査における放射性物質の測定結果(平成29年2月分)について(平成29年3月17日)
- 環境省、地下水質のモニタリング調査における放射性物質の測定結果(平成27年6月~8月分)について」(平成27年10月8日) ※転載・一部表現変更。
- 環境省、地下水質のモニタリング結果における放射性物質の測定結果(平成28年11月分)について(平成29年2月7日)
- 新里忠史、北村哲浩(2013)福島県の環境中における放射性セシウムの環境動態調査.保全学, Vol.12,No.3
- 新里忠史、北村哲浩(2016)6-1(1)福島長期環境動態研究(F-TRACE)-森林調査-.2015年度東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る廃止措置及び環境回復への原子力機構の取り組み、原子力機構
8. 森林からの花粉を媒体とした飛散
森林に降下した放射性物質が、スギ花粉の飛散により再拡散することが懸念されたため、林野庁では、2011年度からスギ花粉の放射性セシウム濃度をスギ雄花から予測する調査を実施している。その結果、スギ雄花に含まれている放射性セシウム濃度は、全体としては年々低下する傾向を示していた(林野庁HP)。
(1) 調査方法
2017年度の調査は、福島県内の空間線量率の比較的高い16地点で実施され、このうち10地点は継続地点、6地点は新たに選定された地点である。新たに選定された地点は、前年度までの地点で調査ができなくなったため、同じ地域内で選定されている。試料の採取は2015年11月に行われ、前年度から継続となる地点では同一の個体から採取し、雄花が無い場合などは近隣の異なる木から採取されている。採取された雄花は洗浄・乾燥され、ゲルマニウム半導体検出器によるガンマ線スペクトロメトリーにより放射性セシウム(134Csと137Cs)の濃度が測定された。測定値は、2018年2月1日を基準日として整理されている。
(2) 調査結果の概要
2017年度の調査においても、2014年度までの調査と同様に、空間線量率が高いと雄花の放射性セシウム濃度も高い傾向が確認されている。また、継続して調査が実施された10地点の値を、同一地点の前年度の値と比較すると平均で7割程度となり、2011年度の値に対しては5%程度の濃度であった。
ここで、スギ花粉の放射性セシウム濃度とスギ花粉1個あたりの重量が分かれば、「濃度(Bq/g)×重量(g)」により、スギ花粉1個に含まれる放射性セシウム量(Bq)が計算できる。
また、1m3に含まれるスギ花粉の個数が分かれば、「個数(〇個/m3)×スギ花粉1個に含まれる放射性セシウム量(Bq)」により、1m3に含まれる花粉による放射性セシウム量(Bq/m3)を計算することができる。これらの数値とともに、人が時間あたりに吸い込む空気の量(m3)および放射性セシウムの実効線量係数(吸引摂取)(μSv/Bq)から、スギ花粉を吸入した場合に受ける放射線量が計算できる。
以上で得られた分析結果と計算方法に基づいて、スギ花粉に含まれる放射性セシウムの濃度を、仮に、福島県内における2017年度の調査で測定された最高濃度と同一とした場合、その花粉が大気中に飛散し、これを人が吸入した場合に受ける放射線量は、1時間当たり0.0000187μSvと試算され、2011年度の試算値の10%程度であったとされている。
参考文献
- 林野庁、平成23年11月22日付プレスリリース「スギ雄花に含まれる放射性セシウムの濃度の調査結果について」
- 林野庁、平成23年12月27日付プレスリリース「スギ雄花に含まれる放射性セシウムの濃度の調査結果について(中間報告)」
- 林野庁、平成24年2月8日付プレスリリース「スギ雄花に含まれる放射性セシウムの濃度の調査結果について」
- 林野庁、平成25年2月8日付プレスリリース「スギ雄花に含まれる放射性セシウムの濃度の調査結果について」
- 林野庁、平成26年1月31日付プレスリリース「スギ雄花に含まれる放射性セシウムの濃度の調査結果について」
- 林野庁、平成27年1月30日付プレスリリース「スギ雄花に含まれる放射性セシウムの濃度の調査結果について」
- 林野庁、平成28年2月1日付プレスリリース「スギ雄花に含まれる放射性セシウム濃度の調査結果について」
- 林野庁、平成29年度 森林内の放射性物質の分布状況調査結果について (別添3)【調査3】平成29年度スギ雄花に含まれる放射性セシウム濃度の調査結果について
9. 風・雨による空間線量率の変化
環境中に放出された放射性セシウムは、表層土壌粒子や枝葉等の植物に付着しており、これらの存在が空間線量率を高めている原因となっている。これらの放射性セシウムが付着した土壌粒子や枝葉等が移動し、放射性セシウムの分布が変化すると、空間線量率の分布も変化すると考えられる。土壌粒子や枝葉等が移動する要因として、降雨や風といった自然条件が考えられる。そこで、空間線量率と雨量、風向風速等の気象条件を同時に観測可能な、気象観測装置一体型放射線センサーを設置し、これらの連続観測を行った。
(1) 市街地
図9.1は福島県大熊町の大熊町役場東側公園に設置した気象観測装置一体型放射線センサーで観測された1m空間線量率の時間変化を示したものである。図には放射性セシウム(134Cs及び137Cs)の物理減衰による計算値も合わせて示している。1m空間線量率は物理減衰に従い減少傾向にあることがわかる。各年の冬期に見られる線量率の低下は積雪によるγ線の遮へい効果と考えられる。
図9.2は観測期間のうち、大雨が降った期間(2013年10月16日前後)を抽出し、その前後の線量率の変化を示したものである。この結果から、大雨による空間線量率の増加は見られないことがわかる。なお、降雨が観測され始めてから空間線量率が低下している点については、雨水によるγ線の遮へい効果と考えられる。
図9.3は観測期間のうち、強風の観測された期間を抽出し、その前後の線量率の変化を示したものである。風速10m/s以上の風が断続的に観測された2014年3月31日から4月1日にかけては、公園林のある北西からの風が卓越しているが、空間線量率の増加は認められなかった。
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図9.1 福島県大熊町役場東側公園における気象・線量率連続観測結果(1)
1m空間線量率(全期間: 2013年3月~2016年12月) -
図9.2 福島県大熊町役場東側公園における気象・線量率連続観測結果(2)
1m空間線量率・雨量(期間: 2013年10月13日~10月19日) -
図9.3 福島県大熊町役場東側公園における気象・線量率連続観測結果(3)
1m空間線量率・風速・風向(期間:2014年3月29日~4月4日)
(2) 森林部
図9.4は福島県川俣町山木屋に設置した気象観測装置一体型放射線センサーで観測された1m空間線量率の時間変化を示したものである。図には放射性セシウム(134Cs及び137Cs)の物理減衰による計算値も合わせて示している。1m空間線量率は物理減衰に従い減少傾向にあることがわかる。各年の冬期に見られる線量率の低下は積雪によるγ線の遮へい効果と考えられる。また、2015年11月以降の空間線量率の低下は、周囲の除染作業によるものであることが確認されている。
図9.5は観測期間のうち、強風の観測された期間を抽出し、その前後の線量率の変化を示したものである。2014年5月上旬から中旬にかけて、風速10m/s以上の風が数日間観測されたが、空間線量率の増加は認められなかった。
図9.6は観測期間のうち、大雨が降った期間を抽出し、その前後の線量率の変化を示したものである。2014年8月22日には、2時間で60mm以上の雨が降り、図9.7の写真のように、測定箇所の山間部の林道を濁流が流れるほどであった。このような状況でも、空間線量率の増加は見られなかった。なお、降雨が観測され始めてから空間線量率が低下している点については、雨水によるγ線の遮へい効果によるものと考えられる。
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図9.4 福島県川俣町山木屋における気象・線量率連続観測結果(1)
1m空間線量率(全期間: 2012年11月~2016年12月) -
図9.5 福島県川俣町山木屋における気象・線量率連続観測結果(2)
1m空間線量率・風速(期間: 2014年5月8日~5月14日) -
図9.6 福島県川俣町山木屋における気象・線量率連続観測結果(3)
1m空間線量率・雨量(期間: 2014年8月20日~8月26日) -
図9.7 林道を流れる濁流の様子(2014年8月22日18:00 観測装置による撮影写真)
10. 森林内の空間線量率の変化
山地森林に沈着した放射性セシウムの一部は、降雨を起点として発生する土壌流出や表面流に伴って、土壌粒子に吸着した粒子態あるいは表面流水に溶け込んだ溶存態として森林域から流出し、河川やダム、ため池等を通じて人の生活圏やその隣接地へ移動するものと考えられる。一方、森林内に留まった放射性セシウムは、樹木や草本、キノコ等の生活活動とともに、落葉落枝の腐植を伴う土壌生成過程などにより森林生態系内を移動し、時間とともに森林内における分布が変化すると考えられる。
以上のプロセスを経て森林内における放射性セシウムの分布は変化し、それに伴い森林内の空間線量率も時間とともに変化すると考えられる。林内の空間線量率は、森林に隣接する生活圏での外部被ばくや、今後の森林整備における林業従事者の被ばく線量低減の観点からも重要な地点である。このため、森林内の空間線量率の変化傾向に関する調査が実施されている。
(1) 福島県の森林全域の状況
福島県では2011年より、県内の森林において空間線量率の測定を実施しており、2015年度は1,230箇所の測定調査を実施している。測定では森林内に標本木を設定し、その標本木の直下に加えて、東西南北に1m離れた地点における1m高さの空間線量率を測定し、5点の平均を測定箇所の空間線量率としている。調査地点として窪地の底や有機物が削れた急斜面等の箇所を避け、森林内の調査個所における標準的な値を測定している。2011年8月から2016年3月までの測定結果から、1.00μSv/h以上の区域は2011年度の35%から、2015年度の7%へと減少する一方で、0.23μSv/hの区域は12%から22%へと増加しており、森林内の空間線量率は年々減少していることが示されている(図10.1)。また、2011年8月から2016年3月までの空間線量率の減少は、概ね物理学的減衰に従っており、2011年度と比較し2015年度の空間線量率は約65%減少している。
(2) 森林内の状況
福島県の川俣町山木屋地区では、スギ壮齢林(35年生)、スギ若齢林(19年生)及び広葉樹混交林に観測タワーが設置され、樹冠(森林の上部)と林床(森林の地表面)における空間線量率の測定が2011年7月より実施されている(図10.2)。
川俣町における調査事例では、事故直後、スギ林では林床よりも樹冠部で高い空間線量率が確認され、広葉樹混交林では、林床で高い空間線量率が確認された(図10.3)。これらは、事故時にスギは着葉していたため、放射性セシウムは主に樹冠部の針葉などに沈着し、広葉樹混交林では落葉期であったため、放射性セシウムは主に林床へ沈着したものと考えられる。また、時間の経過とともに、スギ林及び広葉樹混交林ともに、樹冠部の空間線量率は大きく減少するものの、樹冠部と比較し林床では、空間線量率の減少が遅く、樹冠部から林床へ放射性セシウムが移動した影響と考えられる。
空間線量率の減少については、測定が開始された2011年7月25日の測定値に対する空間線量率の割合として整理した。すなわち、測定開始時点よりも空間線量率が減少すると、1.0よりも低い数値となる。
林床1m高さの空間線量率は、スギ壮齢林、スギ若齢林及び広葉樹混交林について、いずれの森林でも低下する傾向となった。広葉樹混交林では、物理減衰による減少速度とほぼ同じ速度で低下していることが確認されている。また、スギ若齢林では、物理減衰と同等かわずかに速い速度で空間線量率が低下している。一方、スギ壮齢林については、空間線量率の低下傾向が経過日数1,200日以降は大きいことが確認されている。樹冠部における空間線量率は、測定開始以降、スギ林と広葉樹混交林ともに、物理減衰にほぼ等しい低下傾向を示している(図10.4)。
参考文献
- 福島県森林計画課、森林における放射性物質の状況と今後の予測について(平成28年5月16日)
- 日本原子力研究開発機構(2016)平成26年度放射性物質測定調査委託費(東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約及び移行モデルの開発)事業、成果報告書、平成27年3月.
11. 森林内作業による被ばく線量
森林に沈着した放射性セシウムは森林内にとどまる傾向にあるため(「3. 森林からの放射性セシウムの流出」参照)、今後の森林整備においては、森林内作業者の放射性物質による作業者への健康影響が懸念される。そのため林野庁では、放射性物質の影響を受けた森林で林内作業に伴う被ばく線量の測定を行い、作業者の被ばく線量低減につながる手法の検討を進めている。
(1) 調査方法
林野庁では2014年4月に調査地を設け、従事した作業種と時間及び外部被ばく線量を計測するとともに、放射線防護衣の外側と内側に積算式線量計を設置して値を比較し、外部被ばく線量の低減効果を調査している。また、作業員の内部被ばく線量については、作業種ごとに粉じん量及び粉じんの放射性セシウム濃度を測定し、既往文献を参照して設定した作業者の呼吸量に基づき、粉じん吸引による内部被ばく線量を推定している。
(2) 調査結果の概要
外部被ばく線量は、基本的に作業時間が長い作業種ほど多くなる結果が得られている。林野庁の調査では、作業道補修など大型作業機械内で過ごす時間が多い作業は、除伐(造林木の生育の支障となる立木を除去する作業)や植栽など野外で行うものに比べて値が低い傾向が見られた。単位時間当たりの外部被ばく線量をみると、同じ作業でも機械を使用する場合と人力で実施する場合を比較すると、作業機械を使用した場合には1割程度の外部被ばく線量の低減が見られた(図11.1)。
また、作業者が放射線防護衣(3種類)を着用の場合、外部被ばく線量の低減効果を計測したところ、15~20%程度の低減が確認されている。その一方で、重さや動作性の面から着用による作業者の肉体的な負担が大きいことがわかっている。
作業員の内部被ばくについては、1時間当たりの内部被ばく線量の最高値は、チップ敷設時の4.6×10-5μSv/hであり、外部被ばく線量と比較すると数万分の1の値であった(表1)。
作業種 | 平均粉じん濃度 | 粉じん吸入量 | 対象物の濃度 | 内部被ばく線量 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
mg/m3 | mg/h | mg | 134Cs Bq/kg |
137Cs Bq/kg |
μSv/h | |
除採 | 0.29 | 0.35 | 131.3 | 86 | 260 | 0.4×10-5 |
作業路開設 | 0.17 | 0.20 | 29.6 | 1500 | 3800 | 3.6×10-5 |
更新伐 | 0.10 | 0.16 | 19.7 | 220 | 680 | 0.5×10-5 |
地拵え | 0.10 | 0.13 | 8.8 | 1500 | 3800 | 2.2×10-5 |
機械化更新伐 | 0.08 | 0.09 | 1.7 | 1500 | 3800 | 1.7×10-5 |
植栽 | 0.10 | 0.12 | 40.7 | 1500 | 3800 | 2.2×10-5 |
チップ敷設 | 1.24 | 1.48 | 114.2 | 220 | 680 | 4.6×10-5 |
このように林内作業で懸念される内部被ばくはごくわずかであり、林内作業における被ばく線量を低減させるには外部被ばくを少なくすることが重要と考えられている。外部被ばくを低減する方法として、主に次の2つが考えられている。
- 1. 作業時間の短縮
- 2. 大型作業機械による遮へい効果
参考文献
- 国土防災技術株式会社(2015)「平成26年度「森林における除染等実証事業」のうち「避難指示解除準備区域等における実証事業(田村市)」報告書(2015年3月)」
放射性物質の動き-森林 詳細記事
- 放射性物質の分布状況
- 河川水系からの流出
- 森林における放射性セシウム 1. 経緯
- 森林における放射性セシウム 2. 森林内における放射性セシウム
- 森林における放射性セシウム 3. 森林からの放射性セシウムの流出
- 森林における放射性セシウム 4. 森林斜面の侵食挙動
- 森林における放射性セシウム 5. 雨による流出と空間線量率への影響
- 森林における放射性セシウム 6. 斜面からの流出抑制
- 森林における放射性セシウム 7. 地下水への移行
- 森林における放射性セシウム 8. 森林からの花粉を媒体とした飛散
- 森林における放射性セシウム 9. 風・雨による空間線量率の変化
- 森林における放射性セシウム 10. 森林内の空間線量率の変化
- 森林における放射性セシウム 11. 森林内作業による被ばく線量