放射性物質の動き-森林
河川水系からの流出

1. 経緯


2011年3月11日に発生した太平洋三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波により、東京電力ホールディングス株式会社 福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の事故が発生し、その結果、福島第一原発の原子炉施設から環境中へ大量の放射性物質が放出された。
事故状況の全体像を把握して影響評価や対策に資するために、日本原子力研究開発機構(以下「原子力機構」という。)や多くの研究機関が調査研究を行っている。
このうち、調査研究の一環として、放出された放射性セシウムである137Csの沈着量と河川水系からの流出量を評価した。

2. 河川水系からの流出


2.1 評価対象及び評価地域

評価対象は137Csとし、評価を行う地域として、浜通りの主要13河川のうち、森林の占める割合が多く、移行に大きな役割を果たすと思われる河川があるとともに、セシウムの沈着した土砂が堆積していると思われるダムがある請戸川流域を選定した。
請戸川流域は、大きく請戸川及び高瀬川の流域に分けられる。前者は、大柿ダムを境界に、ダムを含む「請戸川上流域」及びダムから下流の「請戸川下流域」と呼び、後者は「高瀬川流域」と呼ぶ(図1)。

図1 評価地域(請戸川上流域、同下流域及び高瀬川流域)

2.2 評価結果

上記調査地域それぞれに対し、日本原子力研究開発機構が開発した、主要な移行経路である土砂移動を考慮した土砂及びセシウム移行解析プログラムである“SACT"(Soil and Cesium Transport)を用いて、初期の放射能(Bq)を示す「初期沈着量」を計算した。初期沈着量は、国土交通省が作成した「国土数値情報(土地利用細分メッシュデータ)」に示される土地利用区分ごとに計算した(表1)。

表1 水系及び土地利用ごとの137Cs初期沈着量

土地利用 初期沈着量 (Bq)
請戸川上流域 請戸川下流域 高瀬川流域 合計
農地(田を除く) 2.01×1013 5.80×1012 7.23×1012 3.31×1013
森林 1.52×1014 (1) 3.83×1013 (2) 1.06×1014 (3) 2.96×1014
河川・湖沼 8.00×1011 9.03×1011 1.28×1012 2.98×1012
6.66×1012 8.97×1012 7.98×1012 2.36×1013
建物用地 7.01×1011 4.28×1012 2.61×1012 7.59×1012
その他 2.48×1011 8.95×1011 5.36×1011 1.68×1012
幹線交通用地 1.85×1012 5.71×1011 8.04×1010 2.50×1012
荒地 1.59×1012 2.29×1011 7.89×1011 2.61×1012
合計 1.84×1014 (4) 5.99×1013 (5) 1.27×1014 (6) 3.70×1014

次に、同様にSACTを用いて1年後の沈着量を計算した。1年後の沈着量と、表1に示す初期沈着量との差分は1年間の沈着量の減少分であるが、これから137Csの物理的減衰分を除いた値を、1年間の水系への流出量とした(表2)。
ここで、流出量は、森林からのものと森林以外からのものに分けて計算することとした。
まず後者は、流出量全体((7)~(9))から森林からの流出量((10)~(12))を引いた値とし、請戸川上流、同下流、高瀬川でそれぞれ0.54×1012、0.09×1012、0.40×1012 Bq((13)~(15))と計算された。
これに対し前者の森林からの流出量((10)~(12))については、既往の研究結果2),3),4)と比べ過大な値が計算されていると判断し、既往研究結果を参考に初期沈着量(表1 (1)~(3))の0.1%とすることとした。これにより、請戸川上流、同下流、高瀬川でそれぞれ0.15×1012、0.04×1012、0.11×1012 Bq((16)~(18))と計算された。

表2 水系及び土地利用ごとの137Cs流出量(SACTによる計算結果)

土地利用 流出量 (Bq)
請戸川上流域 請戸川下流域 高瀬川流域 合計
農地(田を除く) 7.53×1011 6.50×1010 2.96×1011 1.11×1012
森林 6.14×1011 (10) 2.24×1011 (11) 5.56×1011 (12) 1.39×1012
河川・湖沼 -3.27×1011 -7.66×108 -4.28×107 -3.28×1011
1.21×1011 1.41×1010 7.51×1010 2.10×1011
建物用地 1.26×109 1.08×109 2.80×109 5.14×109
その他 -6.78×1010 1.33×109 3.98×109 -6.25×1010
幹線交通用地 1.31×1010 3.19×109 1.57×108 1.65×1010
荒地 4.67×1010 2.11×109 1.75×1010 6.63×1010
合計 1.15×1012 (7) 3.10×1011 (8) 9.52×1011 (9) 2.42×1012

ここで、請戸川上流の水は、その最下流部で大柿ダムに貯留される。ここからその下流側である請戸川下流域に流出するセシウムについては、請戸川上流域における森林以外からの流出量0.54×1012 Bq(13)と森林からの流出量0.15×1012 Bq(16)の和である0.71×1012 Bqに対して、他の既往研究結果5)を参考に0.1を乗じて求めることとし、0.07×1012 Bq (19)と計算された。
これらの結果、本評価地域における河口からのセシウムの流出量は、0.71×1012 Bqと計算され(表3)、他の既往研究結果1×1012 Bq1)と整合的な値を示した。また、上記の結果を包括的に表した図を、図2に示す。

図2 評価地域における137Cs初期沈着量及び流出量

表3 本評価地域からの137Cs流出量

土地利用 森林 森林以外
請戸川上流域 0.07×1012 (19) (=0.1×((13)+(16)))
請戸川下流域 0.04×1012 (17) 0.09×1012 (14)
高瀬川流域 0.11×1012 (18) 0.40×1012 (15)
合計 0.71×1012

参考文献

  1. 日本原子力研究開発機構(2014)原子力規制庁委託事業「平成25年度東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立」事業 成果報告書
  2. 国土交通省国土計画局:国土数値情報(土地利用細分メッシュデータ), http://nlftp.mlit.go.jp/ksj/index.html(参照:2016年8月1日)
  3. Kurikami, H., Kitamura, A., Satoru Thomas, Y. and Onishi, Y.(2014)Sediment and 137Cs behaviors in the Ogaki Dam Reservoir during a heavy rainfall event, Journal of Environmental Radioactivity, 137, pp.10-17
  4. 錦織達啓,伊藤祥子,辻英樹,保高徹生,林誠二(2015) 林床被覆の違いが土壌侵食に伴う放射性セシウムの移動に及ぼす影響, 日本森林学会誌, 97, pp.63-69
  5. Yoshimura, K., Onda, Y. and Kato, H.(2015)Evaluation of Radiocaesium Wash-off by Soil Erosion from Various Land Uses using USLE Plots, Journal of Environmental Radioactivity, 139, pp.362-369