福島周辺における空間線量率の測定と評価
-個人の外部被ばく線量評価の現状と課題-

※本解説はRadioisotopes,65,2,p.93-112(斎藤ほか、2016)を一部修正したものである。

1. はじめに


福島事故の人間への影響評価の基礎となる量は、個人が受ける被ばく線量である。事故直後には131I等の放射性核種を吸い込むことによる内部被ばくや、食物を通して体内に取り込むことによる内部被ばくの線量も重要であった。しかし、現在残っている主要核種である放射性セシウムの大気中の濃度は非常に低く、放射性セシウムを吸い込むことによる被ばくは小さい。また食品等に含まれる放射性セシウムの濃度も検査により確認され適切な対策がとられているため、高濃度の放射性セシウムを食物から取り込む可能性も低い。したがって、福島事故全体を通してみると外部被ばくが主要な被ばく経路となっている1)。これはチョルノービリ(チェルノブイリ)事故との大きな違いである。チョルノービリ事故においては内部被ばくと外部被ばくによる線量が同じレベルであると評価されてきた2)。福島では今後も重要な内部被ばくが起らないように食品類の検査を適切に行うことが重要であるが、本稿では福島における被ばくの主要経路である外部被ばくの線量評価について考えることとする。

事故後の外部被ばく線量を測定・評価する方法は大きく2種類に分類される。1つは個人線量計を個人に携帯してもらい人体表面の線量率の積算値を測定し、これから被ばく線量を評価する方法である。人体近傍の線量を直接に測定できるため優れた方法であるが、個人線量計を連続的に装着するのは個人にそれなりの負担をかけること等の問題点があることにも留意する必要がある。

もう1つは、空間線量率の測定値を基に人間の生活行動パターンを想定して被ばく線量を評価する方法がある。こちらは、人間の行動パターン等について単純な仮定をおけば容易に評価が行えるが、空間線量率の場所による変化を十分に考慮しにくい等の問題があり、全般に大きな誤差を含む傾向がある。

個人線量計を用いる方法と空間線量率から個人線量を推定する方法は、チョルノービリの農村地域のように条件が単純な場合には、それなりに結果が一致することが確認されている3)。しかし、福島の場合には空間線量率の分布も生活行動パターンも複雑であるため、2つの方法で評価した被ばく線量が相当異なる例が多数報告されているのは周知の通りである4、5)。国の方針としては、「場の線量」から「個の線量」といった標語のもと、空間線量率に基づく被ばく線量評価にかわり個人線量計による測定を重要視する方向に向かってきた6、7)。実際に、個人線量計を住民の方々に携帯していただく測定が多数実施されている8–14)。しかし、住民がこれから帰還する地域に対しては個人線量計による測定が難しい等の限界も存在するため、空間線量率に基づく評価法の精度向上も重要な課題である。

本稿では、それぞれの方法の長所と問題点は何か、それぞれについてこれまでにどのような測定・評価が行われ、現在までにどのような知見が得られているのか、今後どのような改良を加えて行く必要があるのか等について考える。

2. 外部被ばく線量評価の考え方


2.1 定式表現による問題整理

被ばく線量の評価には実効線量(シーベルト:Sv)が広く用いられてきた1,2)。実効線量についてはシリーズⅡで詳しく述べたが15)、臓器・組織ごとの放射線リスクを考慮して重み付けした全身の被ばく線量という意味合いを持ち、西欧標準人を対象として定義された線量である16)。西欧人と日本人の線量の違いは許容できる範囲であるため、西欧標準人に対して定義された線量をそのまま日本人に対しても使用している。実効線量を理解する上で重要なのは、物理的に厳格に定義される空気吸収線量(グレイ:Gy)等と異なり、基本的にある不確かさを持った線量であるということである。例えば、実効線量を評価する基本データである組織加重係数は、放射線の人体影響の知見が蓄積するにつれて時代とともに変わってきた。また、実効線量は人間の体格や姿勢によっても異なる性質を持っている。

環境中での低線量率の被ばくでは、この不確かさは放射線リスクを考える上でほとんど問題にしなくて良いことも理解しておく必要がある。例えば、福島における追加被ばく線量の目標値である1mSv/年を実効線量が数10%超えたからといって放射線リスクが顕著に増加することを意味する訳ではないことを理解することが必要である。

外部被ばく線量の測定・評価は一般に以下の式で表すことができる。基本的な考え方としては、直接測定することは不可能な実効線量を、測定可能な量に基づいて評価することになる。

上式において、 E は人間がある期間に受ける実効線量、(p)は場所pにおける計測可能な線量率、 t (p)は場所pにおける滞在時間である。cは計測可能な線量から実効線量への換算係数である。ここでは実測可能な量として線量率(p)(Sv/h やGy/hで表される計測可能な線量率)を考えたが、より基本的な量として放射性核種の土壌沈着量(Bq/m2)を用いる場合もある。評価する期間に対して式(1)の積算を行なうことで、その期間の被ばく線量が評価される。

個人線量計を用いた測定では被ばく線量(実効線量)が直接に測定されると勘違いされがちであるが、実際には個人線量計で測定されるのは、線量計を付けた位置における線量であり実効線量を求めるためには原則としてやはり換算が必要であることに注意する必要がある。個人線量計を体の表面に付けて人間の行動経路そのものに沿った測定を行なうため、(p)・ t (p)の積算は現実に忠実に行なわれるはずである。これが、個人線量計を用いた測定の大きな特徴である。

一方、空間線量率を基にした被ばく線量評価においては、(p)及び t (p)ともに現実に近い形で考慮することが一般的に難しい。空間線量率から推定した被ばく線量が個人線量計での測定値と大きく食い違う主な原因はここにある。

2.2 使用目的による要件の整理

被ばく線量情報の使用目的は大まかには2種類に分けられる。
第1には、行政機関が放射線防護に関連した方針を決定するための基礎データとして用いられる。実際にこれまで、避難指示区域の設定や見直し17)、除染対象区域の設定18)、住民の帰還の判断19)等には、その線量評価方法が適切であったかどうかは別として、被ばく線量が用いられてきた。
第2には、住民が自分自身の将来の生活を設計したり、安全・安心について考えるための基本情報として被ばく線量が使用される。それぞれの目的によって被ばく線量情報の要件が異なる。

行政に関する被ばく線量に要求されるのは、情報の代表性である。すなわち行政の判断として用いる被ばく線量は、防護の対象として考えている人間集団全体を代表する値であることが必要とされる。放射線防護に関する判断に用いられる公衆の概念として「決定グループ」と「代表的個人」がある20)。いずれも、放射線防護策を安全側に施すために、対象となる人間集団全体の中で比較的高い被ばくを受ける可能性のある人間の集団を考えている。その名称だけからはわかりづらいが、「決定グループ」の場合には、決定論的に代表的な被ばく線量が決まるのに対し、「代表的個人」に関しては個人の被ばく線量の分布を考慮して確率論的取扱いをすることを意図している。確率論的な手法を用いることで不確実性の取扱いが可能となる。

行政の判断には具体的な個人の線量の正確性は一般に必要ではない。A氏、B氏の個人の正確な線量は一般に必要ではない。これに対して、住民が必要としているのは自分や関係者の精度の高い被ばく線量である。集団全体の被ばく線量の分布等についても興味を持つ人はいるではあろうが、自分、家族あるいはごく周辺の人の被ばく線量を知りたいというのが基本的要件となる。これらの異なる要件を満たすためには、異なる手法を用いて線量評価を行なうことが必要となる。個人の線量を正確に測定・評価するためには個人線量計を用いた測定が良い方法であるが、対象とする集団に対する代表性のあるデータをとろうとすると、集団全体をカバーできるよう測定数をある程度大きくする必要がある。

一方、ある集団の代表的な値を得ようとした場合には、集団全体の代表性を担保できる線量評価モデルを用いて被ばく評価を行なうことが一般に行なわれる。追加被ばく年間線量1mSvの判断基準として0.23μSv/hという空間線量率が使用されたのは、決定論的な線量評価を防護対策の判断に用いた一例ということになる。すなわち、人間は1日のうち屋外に8時間、屋内に16時間滞在し、家屋による線量低減係数が0.4であるという単純な仮定に基づき決定論的に決められた値ということになる21)

学術的な観点からは、場合に応じて異なる要件を満たす評価が行われる。国連科学委員会は自然放射線、原子力、放射線利用等が人間に与える影響について包括的に評価した結果をまとめた報告書を不定期な頻度で発刊してきた。チョルノービリ(チェルノブイリ)事故に関する報告書も数回改訂してきた。福島事故に関しては、2013年に最初の報告書を発刊した1)。このシリーズの中では、代表的個人等の特定の条件を持つグループに対し防護目的での線量を評価しているわけではなく、住民全体を対象として、グループごとに被ばく線量の幅を示している。

2.3 それぞれの手法の長所と問題点

外部被ばく線量を測定・評価する2種類の方法について、その長所と問題点を改めて整理しておくこととする。
個人線量計を用いる方法では、人体に近い部分の線量を直接に測定できるため、被ばく線量に近い値が得られる優れた方法である。一方、測定される値が被ばく線量そのものではないことに留意する必要がある。また、個人線量計を連続的に装着するのは個人にそれなりの負担をかけること、これから住民が帰還するためまだ住民がいない地域の被ばく線量評価には使用できない等の問題点もある。

空間線量率に基づく線量推定に関しては、人間の行動パターン等について単純な仮定をおけば容易に評価が行える方法である。しかし、空間線量率の場所による変化を十分に考慮しにくい、現実的な人間の行動パターン情報を組み込みにくい、家屋による線量率の減少傾向を適切に考慮するのが簡単ではない等多くの問題があり、全般に大きな誤差を含む傾向があるため、これを改善するための試みが行われてきている。

3. 個人線量計を装着した測定


3.1 個人線量計の読み値と被ばく線量の関係

前述したように、個人線量計を用いた測定により得られるのは被ばく線量(実効線量)そのものではなく、個人線量当量 H *(10)と呼ばれる放射線防護目的の計測のために導入された線量である16) γ 線が人体の前方から入射するような作業条件において実効線量を安全側に評価する線量として定義されている。詳細な説明は連載講座のⅡを参照されたい15)

一方、自然環境における被ばくにおいては、 γ 線があらゆる方向から人体に入射するため、個人線量当量で元来想定されたケースとは異なる使い方で、線量を測定していることになる。したがって、個人線量当量を出力するよう校正された個人線量計を用いて環境中で測定を行った場合に、測定値が実効線量とどのような関係にあるのかを明確にしたうえで、個人線量計を使用する必要がある。

個人線量計の測定値と環境中での被ばく線量の関係を知るのに役立つ研究としては、古くは1998年にシミュレーション計算を用いて行われた研究がある22)。この研究では、人体表面に個人線量計を装着させた状態を数学的に表現したモデルを作成し、様々なジオメトリーにより単色 γ 線の照射を行った場合に、個人線量計の測定値と実効線量がどのような関係になるかを調べている。汚染環境中での被ばくに近い回転照射(ROT)の場合には、個人線量計の測定値は実効線量に近い値を示すことが示されている。またROT入射の場合には、個人線量計を人体の前面に装着すれば、装着する位置が変わっても測定値の違いは大きくないとしている。

この研究は、個人線量当量と実効線量の基本的な関係を知るには有用であるが、環境中での被ばくは理想的な状況とは異なり、光子の入射方向分布はROTとは厳密には違うしまたエネルギー分布を持つ光子が入射することになる23)

放射線医学総合研究所(放医研)は日本原子力研究開発機構(原子力機構)と協力し、福島周辺の放射性セシウムが沈着した地点において、人体ならびに物理ファントムの表面に個人線量計を取付けて実測を行い、サーベイメータで測定した周辺線量当量と比較・検討した24)。この研究では、住民の被ばく線量測定に実際に使用されている複数の異なる個人線量計を用い、線量率の異なる複数の地点で測定を実施している。

図1は、物理ファントムの表面に装着した個人線量計で測定した積算線量と、その場における周辺線量当量の関係を示している。多少のばらつきがあるものの、どの線量計の測定値も周辺線量当量に0.6~0.7をかけた値が得られることが確認された。本連載記事のⅢ号23)で紹介したように、環境中に沈着した放射性セシウムの場合、周辺線量当量に対する実効線量の比率は0.6程度になるとシミュレーションにより評価されているので、個人線量計での測定値は実効線量に近くかつ多少大きめの値を与えると判断される。

図1 個人線量計を用いて測定した個人線量と周辺線量当量の関係24)

新聞等で、「個人線量計の表示が周辺線量当量に比べて4割も低い」ことが取り上げられて問題となったことがあるが25)、これは誤解に基づくもので、環境中においては「周辺線量当量が実効線量に比べて4割も高い」ことを正しく認識することが必要である。

また、最近公表された報告書によれば26)、放医研と原子力機構はさらに調査を発展させ、大きさの異なる年齢別の物理ファントムを用いて、周辺線量当量と個人線量計の読み値との関係を調べた。ここでは、個人線量計の応答に関しては、環境中における人体への γ 線の入射方向分布が回転照射(ROT)で近似できると想定し、照射施設における実測を行なった。その結果、個人線量計の読み値は全般に年齢別の実効線量を少し過大評価するが実効線量に近い値を与えることが確認された。今後さらに、実環境中での実測で結果の確認を行なうことが望まれる。

まとめると、個人線量計は元々放射線取扱い施設内での個人被ばく線量の評価用に用意されたものであるが、ある意味では偶然であるが、放射性セシウムが沈着した地域での測定で、少なくとも成人に対しては、またおそらく児童に対しても実効線量に近い線量を与えることになる。したがって、これまでに行なわれてきた膨大な量の個人線量の測定結果は実際の被ばく線量に近い値を与えていることが改めて確認された訳で、望ましい結果となっている。 γ 線のエネルギーが異なる場合にはこの関係がどのように変化するのか等、さらなる検討を加えることで、将来起こりうる様々な状況に対し、より信頼のおける個人線量測定が可能となる。

3.2 使用されている個人線量計

個人線量の測定に用いられている線量計は放射線施設内における作業者の被ばく線量モニタリング用のものを基本的に使用しており、その出力は個人線量当量 H *(10)に校正されている。

線量計には電力を必要としないパッシブ型のものと電力を必要とするアクティブ型のものが存在する27)。パッシブ型の線量計は、放射線を受けるとその量に応じた情報が蓄積される性質を持つ物質を使用する。放射線が照射された後に紫外線や光をあてると放出される、蓄積された線量に比例した蛍光を測定するものである。ガラス線量計やOSL(光刺激ルミネッセンス)線量計が現在広く使用されている。パッシブ型の線量計の例を図2に示す。パッシブ型の線量計は構造がシンプルかつ小型であり耐久性や信頼性が高く、また電力を必要としないため長期間の測定が可能であるが、線量測定結果をリアルタイムで確認できない。

アクティブな線量計としては半導体に放射線が当たった時に出力される電気信号を記録する電子式個人線量計が主に用いられている。リアルタイムで線量の確認ができるため、どの程度の被ばくをしたのか住民はその場で確認することができる。一方、物理的な衝撃や電磁ノイズの影響を受け易く、また電力を使用するために長時間の使用には一般的に適さない。アクティブ型の線量計の例を図3に示す。

最近は、これらの欠点を克服したアクティブ型の個人線量計(D-シャトル)が産業総合研究所にて開発され28)、広く使用され始めた29)。D-シャトルでは1時間ごとの線量が連続的に内部のメモリーに記録され、1年以上電池の交換をせずに使用することが可能である。ただし、リアルタイムでの線量値の表示はなく、読み取り器を用いてデータを取り出すことが必要である。図4にD-シャトルの外観を、図5では経時的な測定結果の例を示す30)。ここに示すように線量率の経時的な変化の情報が得られるため、いつどの程度の線量を受けたか等の被ばく線量の解析が行なえる。さらに位置情報が得られるとより詳細な解析が可能であるため、GPSとD-シャトルを併用した個人線量測定も試みられている。

  • 図2 パッシブ型個人線量計の例

  • 図3 アクティブ型個人線量計の例

  • 図4 D-シャトルの外観

図5 D-シャトルにより測定した個人線量の経時変化の例30)

一方、D-シャトルの感度のエネルギー特性はフラットではないため、放射性セシウム以外の放射性核種からの γ 線、例えば天然放射性核種からの γ 線が線量に主に寄与するような場においては測定値を注意して見る必要があるかもしれない。

3.3 個人線量計を用いた測定の結果

福島事故の後、複数の市町村が個人線量計を多数の住民に配布して測定を実施してきた8–14)。事故当初は放射線の影響が特に心配される子供や妊婦を中心に測定を実施した市町村が多かったが、時間が経過するとともに測定対象は全年齢に拡げられた。ほとんどの市町村で、事故による追加線量を評価するために自然放射線の線量への寄与を差し引くことが行なわれている。

各市町村とも数千から数万という相当に大きな数の住民を対象に測定が行なわれており、住民全体の被ばく線量について考えるのに十分な数のデータが得られている。前章で議論したように、全ての年齢層に対して実効線量に近い測定値が得られていると考えられる。

全体的な傾向としては、事故からの時間が経過するとともに、被ばく線量は確実に減少してきている。大規模な個人線量計による測定を継続的に実施しその結果が公表されている福島市、郡山市、二本松市、須賀川市、相馬市、南相馬市等の測定データを見ると、2014年度の年間被ばく線量では測定対象者の大多数が1mSvを下回るという結果になっている。図6は福島市において2014年に実施した個人線量計の測定結果に基づいて推定された年間の外部被ばく線量の分布である8)。1mSvを超える住民もある程度存在するが、いずれも数mSv以下の線量範囲である。また、他の住民に比べて多少被ばく線量が大きめの住民については、個人線量計を装着したままX線診断を受診した等の原因が挙げられている。

図7は、須賀川市における個人線量測定結果の経時変化を示しているが14)、事故後の年次とともに個人線量が減少し、2014年度においては99%を超える住民の被ばく線量が1mSv/年以下であった。他の市町村においても同様の傾向の測定結果が得られている。

図6 2014年度の福島市における個人線量計を用いた測定から推定した年間個人線量8)

図7 須賀川における個人線量測定結果の経時変化14)

このように市町村レベルで実施されている大規模な調査の他に、大学等が独自に実施している個人線量計を用いた測定もある。東京医療保健大学では、事故直後の5月から9月にかけて3回にわたる測定を200個程度の個人線量計を用いて実施し、空間線量率と個人線量計測定値とにはある程度の相関がみられること、年間の被ばく線量は最大でも10mSv以下であること等を明らかにした31)

4. 空間線量率に基づく被ばく線量評価


福島事故後の空間線量率を用いた被ばく線量評価においてよく知られている方法は、0.23μSv/hの空間線量率が年間1mSvの追加被ばく線量に相当するという基準を導くのに使用された国の考え方である。すなわち、住民は1日のうち屋外に8 時間、屋内に16時間滞在するとし、屋内の空間線量率は屋外の空間線量率の0.4倍になると想定し、その地域で実測された代表的な周辺線量当量率をそのまま用いて線量評価を行なうものである。

この方式は、被ばく線量を安全側に大雑把に評価するために、事故直後にはそれなりの役割を果たしたと考えられるが、事故後時間が経過し状況が落ち着いてきた現在においては、より現実的な被ばく線量を評価することが必要とされている。以下、空間線量率に基づく被ばく線量評価の精度向上について議論するとともに、いくつかの被ばく線量評価の試みについて紹介する。

4.1 空間線量率に基づく評価の精度をあげるための要因

2.で紹介した式(1)を参照しながら議論を行なう。

4.1.1 線量換算係数;c

前述のように、環境中での被ばく線量を評価するためには、環境被ばくの特徴を考慮した換算係数を用いて、空間線量率(周辺線量当量率や空気吸収線量率)を実効線量に換算する必要がある。

国連の科学委員会では、施設に起因する被ばくを対象として、空気吸収線量で測定した空間線量(Gy)を成人の実効線量(Sv)に換算する係数として0.7を使用してきた。環境中においては周辺線量当量は空気吸収線量の1.2~1.25倍になることを考慮すると、周辺線量当量(Sv)から実効線量(Sv)を求めるには0.6 程度の値をかける必要があることがわかる。

また前にも触れたように、最近行なわれた環境 γ 線の性質を詳細考慮した被ばくシミュレーションによれば、放射性セシウムが沈着した環境において周辺線量当量から実効線量を求めるには0.6程度の値をかけるのが適切との結果が得られている32–34)。深度分布の影響を注意深く調べた研究によると土壌中の放射性セシウムの分布が深くなるにつれ線量換算係数は0.6よりもさらに小さくなることが明らかにされた34)。これらの事実に基づき、福島で測定された周辺線量当量から被ばく線量を評価するには0.6をかけるのが適切と考えられる。線量換算係数は人体の姿勢や線源の地中への浸透により変化するが、0.6を用いることで実効線量を安全側にすなわち過大に評価できることがシミュレーションにより確認されている。

4.1.2 空間線量率の場所依存性;(p)

事故による放射性物質が沈着した地域では、場所により空間線量率が顕著に変化する場合があるのが特徴である。空間線量率の変化は、様々なスケールで観察される。福島周辺における空間線量率分布の特徴については、連載講座のⅤで紹介した35)。大きなスケールで見た場合は、福島原発から北西方向に空間線量率の高い地域があるのに加え、福島県の中通りから栃木県、群馬県にいたる相対的に空間線量率が高い地域、茨城県の南部から千葉県の北部にかけてまた宮城県の北部から岩手県の南部にかけて飛び地的に空間線量率が高い地域が存在する。

一方小さなスケールでは100mメッシュ内をさらに20mメッシュで分割して、その線量率の変化を調べる試みが行なわれている36)。この結果によれば、100mメッシュの範囲でも空間線量率が様々に変動することが明らかになっている。また、あとで別に議論をするが、家屋の中では屋外に比べて空間線量率が低くなる傾向にある事実はよく知られている。

住民はこのように空間線量率が多様に変化する場所で生活するわけであるから、被ばく線量を正確に評価するためには、空間線量率の分布を実情に沿って考慮することが必要になる。人間の生活時間の長さを考えると、家屋内の空間線量率を正しく把握することは特に重要である。

従来の手法では、航空機モニタリング等で得られたその地域の代表的な空間線量率を用いて被ばく評価を行なってきたが、上記の様な細かな空間線量率の変化には追従できておらず、それが被ばく線量評価の誤差に繋がっていると考えられる。

4.1.3 人間の滞在時間; t (p)

人間の特定の場所における滞在時間に関して、異なるレベルの取扱いが行なわれてきた。最も単純な仮定は、ある人間が特定の場所に存在し続けるというものである。例えば、IAEAのTECDOC-116237)においては、人間が特定の場所に50年間立ち続けると仮定して被ばく線量を計算するための換算係数を示している。実際にはこのような状況が起こりえないことは明白であり、評価結果は過度に過大評価となる。

次に簡易な仮定として、生活の場所を屋内と屋外の2種類に分類し、それぞれの生活時間を16時間と8時間というように固定してしまう方法である。この方法は国連の科学委員会でも、平均的な人間の被ばく線量を評価するために用いられた方法であり1,2)、福島事故後に国が行なった被ばく評価も国連科学委員会の方法に準じていると考えられる。実際には、人間の行動パターンは人により様々であるため、この方法では精度の高い評価は難しい。

人間の生活時間に関する統計調査はいくつか実施されている。総務省統計局が5年ごとに実施している社会生活基本調査によれば、都道府県、年齢別、性別、就業の有無別に平日ならびに休日の生活時間の詳細な統計データがまとめられている38)。例えば、睡眠、食事、仕事、学業、家事、育児、買い物、スポーツ等、細かな項目ごとに生活行動時間の平均値が示されている。このデータを基にすれば、どのような場所で行動したかを推測することが可能である。睡眠、食事、家事、育児は家の中、仕事は職場、学業は学校、スポーツは屋外といった具合である。

この種のデータを用いて評価対象となる人間集団の場所ごとの平均的な生活時間を知ることができるため、この情報を線量評価に使用することが可能である。東京都民が自然放射線から受ける被ばく線量を、詳細な生活行動データに基づき評価した例がある39)。統計的な被ばく評価を行なうには有効な手段である。しかし、個別の人間の生活時間に関する情報は得られないこと、事故後の生活行動は事故前の生活行動とは必ずしも一致しないこと等の限界が存在する。

個々の人間の行動時間を詳細に調査して被ばく評価に用いている例もある。被ばく線量評価の目的で個人の行動調査を包括的に行なった初めての例は、おそらく広島、長崎での被ばく者に対する健康調査であったと考えられる40)。ここでは、被ばく時にどこにいてどのような姿勢をとっていたか聞き取りが行なわれ被ばく線量評価に用いられた。広島、長崎での被ばくは瞬時であったため、家の中のどこにいてどの方向を向いていたかが、核爆発からの放射線に対する遮蔽効果を決定づける、したがって被ばく線量を正確に評価するための重要な要因であった。

福島事故の後、福島県により全県民を対象として県民健康調査が実施されてきた。この中で、事故直後の空間線量率が高かった時期における被ばく線量を推定するために、基本調査と呼ばれる問診調査が行なわれている41)。ここでは図8に示すように、事故直後の特定の期間について生活場所とそこで過ごした時間を具体的に記載することを依頼している。この調査をもとに、後で述べる放医研が開発したシステムを利用して外部被ばく線量評価が実施されてきた。

図8 福島県が実施した基本調査の記入例41)

以上のように、人間の滞在時間について要件や条件に応じて様々なレベルの情報が使用されてきた。

4.1.4 家屋による線量低減係数

家屋内における空間線量率が屋外に比べて低くなることを考慮するための係数を表現するのに、遮蔽係数(shielding factor)という名称がしばしば用いられる。少なくとも日本の家屋に関してはこの名称は事実をよく反映した名称とはなっていない。放射性物質が沈着した環境で家屋内の空間線量率が屋外に比べて低い主な理由は、家屋が建っている場所の下には放射性物質が存在しないことによる。すなわち、近くに線源が存在しないことにより、線量率が小さくなるというのが実情である。木造の家屋は壁の質量が大きくないため、 γ 線に対する遮蔽効果はそれ程大きくはない。そこで、ここでは上記の係数を線量低減係数(dose reduction factor)と呼ぶことにする。

福島事故後、家屋の線量低減係数としてIAEA等が提案した0.4という値42)が一般に用いられてきた。ただし、IAEAの報告書においても線量低減係数を0.4として一義的に与えているのではなく、代表的な係数の範囲として0.2–0.5を与えていることも念頭に置く必要がある。この0.4という値が適切か否かについて様々な議論が行なわれてきた。特に、0.4という値は低すぎるため被ばく線量を過小評価するという指摘がなされた43,44)。これらは適切な指摘であったのであろうか。

図9 福島県の比較的空間線量率が高い地域に位置する家屋における家屋内外の空間線量率の関係45)

図10 福島県の線量率が高い地域に位置する家屋で測定された線量低減係数の分布45)

図11 福島県の比較的空間線量率が低い地域に位置する家屋における家屋内外の空間線量率の関係36)

福島県内の避難指示区域に位置する飯舘村と小高町において、木造69軒を対象として線量低減係数の実測調査が行なわれた45)。屋外の空間線量率が7μSv/h程度までの放射性セシウム沈着量が高い地域での調査ということになる(図9)。この結果によれば、線量低減係数の中央値は0.43でありIAEAが示した0.4と統計的に有意な差はないとしている。ただしその分布は図10に示すようにかなり広く、結論において代表的な係数の幅としてIAEAよりも広い0.2–0.7を提案している。

一方、比較的汚染の小さな地域を対象とした事例として、福島地区の約150軒の木造あるいはプレハブ住宅において屋内と屋外の空間線量率を比較した結果を図11に示す36)。この図から、屋内と屋外の線量率はばらつくものの相関関係があること、また、回帰直線はY軸に切片をもつことがわかる。この切片は、測定された空間線量率に自然放射線の寄与が含まれていることを意味している。自然放射線のレベルは屋内でも屋外でも大きな違いはないと考えられる46)。泉ほか43)の測定のように、空間線量率に占める自然 γ 線の寄与を無視できない地域では、自然 γ 線の影響を除外しないと低減係数は大きめにでることになる。

また、もう一点注意しなければならないのは、屋外の空間線量率は場所により変動するため、どの場所の空間線量率を用いるかで線量低減係数がかわってくることである。理想的には、家屋の周辺の空間線量率を広く測定してその平均値を使用することが望まれる。前者45)の調査においては屋外の4地点で空間線量率測定を実施しその平均値を用いている。また後者36)については移動サーベイシステムを用いた歩行サーベイの平均値を用いている。

さらに、家屋から5m以内の領域では、家屋の下に放射性セシウムが存在しないために空間線量率が周囲に比べて下がる傾向がある。ここで測定した空間線量率を屋外の代表値としてしまうと、低減係数が大きめにでることになる。また、壁付近の空間線量率の変動は屋内でも見られるため、こちらにも注意が必要で有る。0.4という線量低減係数の値が低すぎるといういくつかの指摘は、これらの注意点が十分考慮されていないことに起因すると見受けられる(なお、泉ほか43)については測定場所の選定は適切である)。

以上をまとめると、沈着した放射性セシウムに対する家屋の線量低減係数を適切に考えるには、自然 γ 線の影響を除くこと、屋外の空間線量率は家屋にごく近辺を除いて多数の地点で測定して平均することが必要である。このような取扱いをすると、平均的な線量低減係数は0.4に近い値となる。ただし、個々の状況で係数はかなり変動することに注意する必要がある。0.4を用いて個々ケースに対して屋内の空間線量率を精度良く評価できると考えるのは正しくない。あくまでも平均的な値として用いることが必要である。

4.2 被ばく評価モデルを用いた線量評価の例

ここでは、空間線量率等に基づきモデルを用いて被ばく線量を評価したいくつかの代表的な例を紹介する。

4.2.1 世界保健機構(WHO)による評価

世界保健機構(WHO)は事故後の早い時期に、典型的な住民が受けた実効線量と甲状腺線量を評価した47)。ここでは、外部被ばくと内部被ばく両方を考慮し、住民が事故直後から1年間に受けた外部被ばく線量と70年間の預託線量を合計した被ばく線量の幅を示した。預託線量は、放射性物質を体内に取り込んだことに起因して受ける内部被ばく線量の、特定期間の積算値のことである。外部被ばくに関しては、地表に沈着した放射性物質だけではなく、事故直後のプルーム(煙状の大気の流れ)からの被ばくも含めて評価した。福島県の高汚染地域における実効線量が10~50mSv、その他の福島県では1~10mSv、その他の日本では0.1~1mSv、その他の世界では0.01mSv以下という被ばく線量の幅が示された。

土壌に沈着した放射性物質からの外部被ばくに関しては、基本的に土壌沈着量を基礎データとして用いて2つの手法で評価が行われた。線量評価を行なう地域ごとに土壌沈着量(Bq/m2)から空気カーマ率(Gy/h)をもとめ、これに実効線量への線量換算係数をかけて時間やその他のファクターを考慮して被ばく線量を評価する方法、ならびに、土壌沈着量から直接に実効線量率(Sv/h)を求めた上でその他のファクターを考慮する方法の2種類である。

その他考慮したファクターでは、家屋による線量低減係数を0.4とし、また屋内における滞在時間が1日の2/3の16時間となると仮定した。ここでは人の動きについては考慮していない。報告書のタイトルがPreliminary dose estimationとなっているように、概略の線量評価が行なわれたという位置付けになる。

4.2.2 放医研による外部被ばく線量評価システム

放医研は時系列の空間線量率変化を考慮して福島事故後の外部被ばく線量を評価するシステムを開発した48)。このシステムでは、福島地域を2km×2kmメッシュに分割し、基本的には文部科学省が実施した実測を基に、また実測値が存在しない初期に関しては大気拡散システムSPEEDIの結果を用いて、線量率分布図を作成する。この線量率分布図と住民の行動パターンをもとに実効線量を評価する。住民の行動パターンについては、単純な仮定をおくことをせずに、住民への聞き取り調査等のデータを用いている。

周辺線量当量から成人の実効線量への換算係数としては0.6を用いている。また、年齢ごとに体格に応じた補正を行ない、実効線量を計算している。家屋による線量低減係数はIAEAの公刊したレポートTECDOC-225を参照しており、放射性物質が大気中にある場合と地表に沈着した場合とを分類し、さらに建物の構造を3種類に分けてそれぞれ異なる線量低減係数を使用している。ちなみに地表面の沈着線源に対する木造家屋の線量低減係数としては0.4を使用している。

避難等により住民が移動した場合の移動中の線量については簡易的な評価をしている。すなわち、移動を開始した地点の線量率と終了した地点の線量率の平均をとり移動時間をかけて被ばく線量を評価するという方法を採用している。

福島県の県民健康管理調査では、前述のように、全県民を対象として事故後の行動に関する問診票調査を行なってきた(図8)。さらに、回答された問診表の行動記録をデジタル化し、放医研のシステムを用いて、数十万人の外部被ばく実効線量を評価している49)。その結果を図12に示すが、事故後4ヶ月間における大半の追加被ばく線量は3mSv以下と評価された。

4.2.3 国連科学委員会による線量評価

国連科学委員会(UNSCEAR)は2013年に発刊した報告書の中で、福島事故後1年間、10年間、さらには80歳までに受ける線量を、20歳の成人、10歳の小児、1歳の幼児を対象として評価した1)。基本的な考え方は、できるかぎり環境測定データに基づいた評価を行い移行モデルは実測値を補うために使用するというものであった。

外部被ばく及び内部被ばく両方を考慮した評価が行なわれた。事故直後については空中に放射性核種を含むプルームから放出される γ 線による外部被ばく、ならびにプルーム中の放射性物質を吸い込むことによる内部被ばくを評価した。事故後の長期にわたっては、地表面等に沈着した放射性物質からの γ 線による外部被ばくと、食物に移行した放射性物質を食事により体内に取り込むことによる内部被ばくを考慮した。

外部被ばくを評価するための放射線に関する基礎情報として放射性物質の土壌沈着量(Bq/m2)が使用された。沈着量を基本的なデータをしたことの理由としては、天然放射性核種の影響を分けて評価できることが挙げられている。事故直後の被ばくに関しては、空中の放射性物質の濃度に関する実測データがごく限られていて使用できないため、沈着量のデータを参考にモデルにより空中の放射性核種の濃度を推定して、線量評価を行なった。長期的な被ばくについては、放射性核種の沈着量から外部被ばく線量が評価された。事故直後に対しては、空中放射性物質濃度から実効線量を評価するための線量換算係数が、長期的には地表面沈着量から実効線量を評価するための線量換算係数がそれぞれ使用された。

評価の対象として4つのグループが想定された。事故直後に避難が行なわれた地域の住民、避難が行なわれなかった福島県内の住民、福島県に隣接したあるいは近い県の住民、その他の都道府県全ての住民の4グループである。避難を行なったグループに対しては、放医研が想定したのと同じ18の避難シナリオを使用して線量評価が行なわれた。その他については、行政区画レベルあるいは県レベルで線量評価が行なわれた。すなわち、避難をした住民以外の評価においては住民の滞在場所は大まかに想定された。

家屋内での空間線量率の減少はロケーションファクター(location factor)という形で考慮された。ロケーションファクターは、屋外の開けた場所の空間線量率を基準として考え、場所の状況が異なることで空間線量率がどのように変化するかを比率で表現したものである。家屋を木造家屋、耐火木造家屋、コンクリート家屋の3種類に分類し、地面に沈着した線源についてのロケーションファクターとして0.4、0.2、0.1をそれぞれ使用した。木造家屋に対する0.4という値は、前述した家屋の線量低減係数と符合している。

住民の生活時間に関しては居住係数(occupation factor)という概念を用い、場所ごとに住民がどの程度の割合で時間を過ごすかを考慮している。場所については、屋内、舗装された屋外、舗装されていない屋内の3つに区分し、住民については、成人の屋外労働者、成人の屋内 労働者、10歳児、1歳児の4つのグループに区分し、それぞれ居住係数を仮定している。UNSCEARの報告書で想定した居住係数を表1に示す。いずれのグループについても、屋内での滞在時間が3分の2よりは多く想定されている。

UNSCEARの報告書に示された事故直後1年間における被ばく線量の推定値を避難者に対して表2に、また避難者以外に対して図13に示す。避難者の受けた実効線量は数ミリシーベルトから10ミリシーベルト程度、その他のグループの住民では数ミリシーベルト以内と推定された。事故後10年間の被ばく線量は大まかに言えば、事故後1年間の線量の2倍程度、生涯の被ばく線量は3倍程度と推定された。20km圏内の住民の避難により、成人の場合最大約50mSvの実効線量を回避したと推定している。

表1 UNSCEAR報告書の線量評価で想定された居住係数1)

表2 UNSCEAR報告書による避難者に対する被ばく線量評価結果1)

図13 UNSCEAR報告書の中で広域の住民を対象に評価された事故後1 年間の被ばく線量1)

4.2.4 原子力機構による統計的な線量評価

原子力機構では、空間線量率に基づきより現実に近い線量評価を行なうために、個人の生活行動パターンを詳細に調査しこれを線量評価に活かす取り組みが行なわれている。2015年8月までに福島県の9市町村に在住の延べ約500名の方の協力をいただき、生活習慣データを聞き取り調査した結果を参考に空間線量率データから被ばく線量率を推定するとともに、個人にポケット線量計を所持していただき測定した個人線量の値と推定値との比較を行なった。

福島市内での測定対象者を、福島市役所、福島市老人クラブ、福島県建設業協会、JAふくしまの4グループに分類し、それぞれのグループごとに解析を行なった50)。屋外の滞在時間は市役所や老人クラブでは少なく、特に市役所では平均で1日1時間以下であった。老人クラブは平均で1日2時間屋外に滞在していた。一方、建設業者及びJAに属する住民の屋外での平均生活時間はそれぞれ2012年2月から2013年1月まで1年間の調査で7.6時間と6.9時間であった。それぞれのグループごとに推定した個人線量の分布は対数正規分布に近い形を示した。屋外での生活時間を反映して、建設業者及びJAの被ばく線量は高めの値を示した。

個人線量計を用いた線量測定結果との比較によれば、屋内での活動が中心となる協力者の個人線量分布はおおよそ再現することができたが、屋外で活動するグループ特に建設業協会の個人線量分布に関しては明確な違いが見られた。屋外作業者の被ばく状況についてはより詳細な調査が必要であることが示唆された。

このように生活行動パターンを詳細に調査してそれを評価に使用することで、被ばく線量の統計的な分布はうまく再現できることが示唆された。ただし、個々人の被ばく線量が現実的にどの程度再現できるかは今後検討の余地がある。

5. 生活行動経路に着目した新たな試み


上で述べた個人線量計による測定と空間線量率に基づく推定の中間に位置する新たな試みが始められている51)。原子力機構では、予想される住民の生活行動経路に沿って直接に空間線量率の測定を行い、各場所での測定結果にその場所での滞在時間を考慮して被ばく線量を推定する試みを開始した。本調査の主な対象は帰還を予定している住民で、帰還先での生活によりどの程度の被ばく線量を受けることに成るのか予測しようというものである。

まず評価対象となる各住民に対して、帰還した時に予想される生活行動パターンを具体的に聞き取り調査する。この聞き取り調査では、単に屋外にどれだけ屋内にどれだけ滞在するかといった場所を特定しない調査を行うのではなく、自宅の寝室に何時間、居間に何時間滞在するか、職場へ向かう時にどのような手段で(自動車か徒歩か等)どの道を通るか、職場のどこで何時間働くか等、具体的な生活行動経路と滞在時間の聞き取り調査を行う。一人の人間に対して平日と休日を分ける等、数パターンの生活行動経路の聞き取りを行う。

次に、聞き取り調査を行った全ての場所をカバーするように、生活行動経路に沿って移動サーベイシステムKURAMAを用いた空間線量率の測定を行う。家屋内、その周辺、移動経路、職場、屋外での作業がある場合にはその場所等生活行動の対象と成る場所全てをカバーするように測定を行う。ただし、個人線量計と異なり、想定される住民の生活時間と同じ長さ滞在する必要はないので、個人線量計を使用した測定と比べて測定時間が大幅に縮小されることになる。

測定した空間線量率と滞在時間を掛け合わせて24時間にわたって積算することで1日の被ばく線量を推定する。さらに1年に平日と休日がそれぞれ何日あるかを考え、それぞれの日の推定被ばく線量を積算することで年間の被ばく線量を評価する。周辺線量当量から成人の実効線量を評価するのには線量換算係数0.6を用いる。

図14 生活行動経路に沿った空間線量率分布の測定結果の例

図15 特定の個人が帰還した時に予想される場所ごとの生活時間の長さと被ばく線量の評価例

図14に生活行動経路に沿った空間線量率の変化の測定例を示す。休日に外へ出て数カ所の異なる畑で畑仕事をした時のパターンである。それぞれの場所の線量率は経路に沿って細かな変動を示すが、この図では見やすくするために各場所の平均値を示している。図15は、滞在時間と評価された被ばく線量の内訳を示している。

個人線量計を用いた測定との比較等、本手法の妥当性についての検討が必要であり、また、聞き取り調査や測定にそれなりの労力が必要となるが、個人線量計を用いた測定のように長期間の測定を行うことなしに現実的な個人の被ばく線量が得られる手法として期待される。

6. まとめ


個人の被ばく線量は放射線防護に関する対策を行政レベルで決定する上でも、個別の住民がこれからの生活を考える上でも基本的な情報となる。福島事故直後は空間線量率からモデルにより評価する方法で被ばく線量の評価が行われたが、事故が落ち着いてからは個人線量計を用いた測定が多く行われてきており、国の方針としても個人線量計による測定を基本とすることが述べられてきた。この背景には、空間線量率を基にした被ばく線量評価の精度が高くない事実が存在する。

個人線量計を用いた測定を主として用いていくという方針は間違いないが、個人線量情報の重要性を認識し、個人線量計の使用が難しい場合も含めて、幅広く個人線量の評価を考えていくことが重要である。そのために、本稿で行ったように様々な個人線量測定・評価法の利点や欠点を分析し改良を継続して行くことが重要であると考える。個人線量計を用いた測定に関しても、今後改良を加えるべき事項がまだまだ存在する。個人線量測定・評価の改善にむけての活動が継続して行われ、これが福島事故の復旧や今後の防災に役立って行くことを期待する。


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