放射性物質の動き-森林Radioactivity Dynamics in forests

(2022年 更新)

原発事故で汚染された森林土壌中の放射性セシウムは事故後10年間でどのように変化しましたか。

森林総合研究所は、福島第一原子力発電所の事故後、10年間調査を行い、森林土壌中の放射性セシウム(セシウム137)の分布や動きを明らかにしました。その結果、ほとんどの放射性セシウムが、時間の経過と共に鉱質土層の表層に移動し、現在ではほぼ動かなくなっていることがわかりました。本成果は、今後の被災地の森林管理や放射性セシウムの長期動態予測に役立ちます。

本研究では、原発事故による汚染程度の異なる福島県川内村・大玉村・只見町ならびに茨城県石岡市のスギ・ヒノキ・コナラ・アカマツがそれぞれ優占する森林の計10林分を対象に調査しました。落葉層と鉱質土層(図1)に存在する放射性セシウムの濃度と蓄積量を、2011年8月から継続して測定しました。

森林土壌の断面の様子

図1 森林土壌の断面の様子

事故から5年後の時点では、落葉層の放射性セシウム蓄積量は減少傾向を示し、深さ5cmまでの鉱質土層表層の放射性セシウム蓄積量は増加傾向にあることから、事故後初期に落葉層に存在していた放射性セシウムが時間経過と共に鉱質土層表層に移動していたと推定されています*1。今回、その後も含めた計10年間の変動を複数のモデルを使用して解析したところ、多くの調査地で鉱質土層表層の放射性セシウム蓄積量の増加が止まり、ほぼ一定値になっていることが明らかになりました(図2)。

図2 落葉層および鉱質土層表層(深さ0~5cm)の放射性セシウム蓄積量の経年変化(スギ林の結果のみを抜粋)
は観測値を、線と帯はそれぞれ回帰曲線と80%信頼区間を表す。

最近、⼀部の森林の⽊材中の放射性セシウム濃度は、事故後数年間では増加傾向にあったものの、増加がほぼ停止あるいは減少に転じたことが報告されました*2。このこともあわせて考えると、根を通して土壌から樹木に吸収される放射性セシウム量と、落葉などによって樹木から土壌にもたらされる放射性セシウム量とが釣り合っている状態(平衡状態)となっていると考えられます。
さらに今回の調査期間では、放射性セシウムの鉱質土層表層から下層(5~20cm)への移行は認められませんでした。これは、鉱質土層表層に含まれる粘土鉱物が、放射性セシウムを強く固定するためと考えられます。
以上の放射性セシウム濃度や蓄積量の変化は、過去に行われた森林内の放射性セシウムの動きを予測するモデルでも予想されており*3、その結果と整合しました。そして放射性セシウムは今後も長期に渡って、鉱質土層表層に留まり続けることが推定されます。

本研究で得られた放射性セシウムの多地点における長期間のデータは信頼性が高く、世界的にも非常に貴重であり、今後の森林管理方法の検討や、長期の放射性セシウムの動態予測に大きく貢献すると期待されます。一方で、根を通じた土壌中の放射性セシウムの吸収量や、落葉などによって樹木から土壌にもたらされる放射性セシウム量といった、森林内を循環する放射性セシウムの実態が不明なため、今後これらを明らかにして将来の林産物の放射性セシウム濃度の予測精度を向上させる必要があります。この他、調査地による放射性セシウムの蓄積量や変動幅の違いが何に起因しているのかなど、未だに明らかになっていないことも多く、引き続き観測と研究を続けていくことが必要です。

(森林総合研究所の研究成果。森林総合研究所ウェブサイトから転載(一部改編))