放射性物質の動き-河川水系
1. 経緯
2011年3月11日に発生した太平洋三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波により、東京電力ホールディングス株式会社 福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の事故が発生し、その結果、福島第一原発の原子炉施設から環境中へ大量の放射性物質が放出された。
山地森林に沈着した放射性セシウムの一部は、吸着した土壌粒子等とともに、降水によって河川に流入し、下流へと移動する。河川を移動する途中で、流速が遅くなるような場所では、放射性セシウムは土壌粒子とともに堆積すると考えられる。生活圏における被ばく線量の将来予測にあたっては、山地森林から河川を通じ、河口域・海へと移動・堆積する放射性セシウムの動態を定量的に把握することが必要とされている。
ここでは、河川水中の放射性セシウム及び河川における土砂堆積及び放射性セシウムの挙動について得られた知見を解説する。さらには、ダム湖及び海における放射性セシウムの挙動について得られた知見や、原子力機構内の他部署及び大学や他研究機関による調査研究成果を解説する。
2. 河川水中の放射性セシウム
上記の知見からは、福島第一原発事故により放出された放射性セシウムの河川を介した移動について、その濃度レベルと移動挙動の特徴が明らかになってきている。
平常時の河川水中放射性セシウム濃度は、比較的線量率の高い流域を持つ河川においても1Bq/L未満であることが確認された。高水時においても溶存態放射性セシウム濃度はほとんど変わらず、土壌粒子とともに移動する懸濁態放射性セシウム濃度が高くなることが確認された。土壌粒子はダムにより移動が抑制され、ダムより下流への移動量は大きく減少することが確認された。
(1) 平常時における河川水中の放射性セシウムの動態
福島県内の主な河川の約50か所において、2011年6月の第1回から2014年10月の第8回まで、年2回程度平常時の河川水中の放射性セシウム濃度測定が行われてきた。文部科学省放射性測定法シリーズ16環境試料採取法に準じ、できる限り透明な河川水を採取した。得られた137Cs濃度の傾向(原子力機構 2015)を図2.1及び2.2に示す。全体的には、放射性セシウムの濃度は減少傾向にある。また、調査地点の中で請戸川や昼曽根等は他と比べて高い傾向にあるが、それらの河川の放射性セシウム濃度は厚生労働省告示第370号「食品、添加物等の規格基準」による基準値10Bq/kgよりも小さいことが確認された。
2012年度より開始した原子力機構の調査(中西2014)では、比較的線量率の高い福島県浜通り地方の二級河川(太田川、小高川、請戸川、前田川、熊川、富岡川、井出川、木戸川)において、浮遊懸濁物質(以降、“SS”と呼ぶ)濃度が5mg/L未満の場合と定義される平常時の河川水中放射性セシウム濃度は、溶存態(水に溶けている状態)と懸濁態(SSに吸着された状態)をあわせて、通常の放射能濃度測定の検出限界(134Csと137Csそれぞれ約1Bq/L)未満であった(図2.3)。この結果は、福島県内における他の調査事例(環境省2017)でも同様である。
平常時は、放射性セシウムの大部分が溶存態で存在している。溶存態放射性セシウム濃度は、太田川・請戸川・前田川・熊川では0.1Bq/Lオーダー、小高川・富岡川・井出川・木戸川では0.01Bq/Lオーダーの濃度レベルであった。懸濁態放射性セシウム濃度は同レベルか、さらに一桁低い濃度レベルであった。2013年以降、濃度レベルは変わらず、逓減傾向で推移している。これは、チョルノービリ(チェルノブイリ)事故等と同様に、初期の急激な減少から中期過程に移行したことを示す。
河川水系における放射性セシウムの主要な供給源と考えられる森林における放射性セシウムの発生メカニズムを検討するため、福島県川俣町の3 流域(石平山、疣石山、世戸八山)における渓流水の溶存態、SS及び粗大有機物中それぞれの放射性セシウム濃度の時間変化を調べた(図2.4)。渓流水の溶存態放射性セシウム濃度は、いずれも事故直後の0.1~1.0Bq/Lから、1 年間で0.01~0.1Bq/Lまで約10分の1に低下し、それ以降はほぼ同じような速度で低下傾向を示している。石平山流域では、SS及び粗大有機物中の放射性セシウム濃度は、いずれも単調に低下した。一方で、疣石山流域では、粗大有機物の放射性セシウム濃度は単調に低下を続けているものの、SSについては付近の牧草地の除染が始まってから放射性セシウム濃度が著しく低下した。溶存態137Cs濃度は粗大有機物の放射性セシウム濃度と同様な低下傾向を示した。これらのことから、溶存態放射性セシウムの起源は粗大有機物と同様に森林である可能性が示唆され、SSに吸着された放射性セシウムの主要な起源の一つは、付近の牧草地と考えられた。いずれの流域においても、放射性セシウムの90%以上は、SSに吸着された形で存在した。
(2) 高水時における河川水中の放射性セシウムの動態
台風等による豪雨時には、河川水位が上昇するとともに、放射性セシウムが吸着した土壌粒子が山地森林から河川に流入し、下流へと輸送される。請戸川水系では、事故以降、年に1~2回の頻度で、河川水位が2m以上まで達している。2014~2015年の請戸川での調査結果から、河川水位の上昇とともにSS濃度及び河川水中の懸濁態137Cs濃度が上昇する傾向が捉えられている(図2.5)。一方、溶存態137Cs濃度はほとんど上昇していない。
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図2.5.1 請戸川における河川水位とSS濃度の関係
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図2.5.2 請戸川における河川水位と137Cs濃度の関係
請戸川には上流に大柿ダムが存在する。2014年10月14日(台風19号)と2015年7月16日(台風11号)の高水時における、請戸川と、上流にダムのない高瀬川の濁度(SS濃度に比例)を連続観測した(図2.6)。ダムのある請戸川では、上流からの土壌粒子の移動が抑制されるため、濁度は高瀬川よりも一桁低かった。
図2.6 請戸川水系における高水時の濁度の時間変化(★:河川水採取)
それぞれの高水時に実際に河川水を採取し、SS濃度と放射性セシウム濃度を測定した(表2.1)。SS濃度は高瀬川が一桁高い。これは、ダムがある請戸川では台風等の高水時(図中で濁度が高くなっている時に相当)でも上流からの土砂の流入が抑制されるためである。したがって、SS当たりの懸濁態放射性セシウム濃度は高瀬川と比べて請戸川では高いにも係らず、河川水中の懸濁態放射性セシウム濃度は両河川で同程度となった。なお、溶存態放射性セシウム濃度も流域の沈着量を反映しているが、その濃度は平常時とほとんど変わらない。結果として、高瀬川では出水時に移動する放射性セシウムの99%以上が懸濁態であった。また、両河川とも、時間とともに懸濁態137Cs濃度が低下傾向にあることが確認された。
観測日 | 2014年10月14日 | 2015年7月16日 | ||
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観測地点 | 請戸川 (請戸橋) |
高瀬川 (高瀬橋) |
請戸川 (請戸橋) |
高瀬川 (高瀬橋) |
SS濃度(mg/L) | 24 | 233 | 118 | 1470 |
SS1kgあたりの 懸濁態137Cs濃度 (kBq/kg) |
92 | 9.0 | 65 | 6.8 |
懸濁態137Cs濃度 (Bq/L) | 2.2 | 2.1 | 7.7 | 10 |
ダムによる土壌粒子の移動抑制を確認するため、大柿ダムの上流(地点1)と下流(地点2)で、高水時の濁度の連続観測結果を比較した(図2.7)。2014年6月29日と2015年7月16日(台風11号)の高水時における観測結果を図に示す。濁度の時間変化から、上流から下流への土壌粒子の移動には数時間を要する。それぞれのピーク時の濁度を比較すると、下流(地点2)は上流(地点1)に比べて1/10程度であることが示された。すなわち、大柿ダムにより、土壌粒子の移動は大きく抑制されていることが明らかになった。この移動抑制効果は数値シミュレーションによっても再現できている。
図2.7 請戸川における高水時の濁度の時間変化
(赤線:地点1(大柿ダム上流)、青線:地点2(大柿ダム下流))
木戸川も中流に木戸ダムがあり、ダムより下流約8 km地点では浄水場において飲料用水を取水している。2014年に、浄水場付近の木戸川において平常時と高水時の河川水を採取し、それぞれの放射性セシウム濃度を測定した(図2.8)。平常時の場合、137Cs濃度は懸濁態・溶存態いずれも0.1 Bq/L未満であった。高水時の場合、懸濁態137Cs濃度は1 Bq/L程度まで上昇したが、これは飲料水基準(10 Bq/L)を大きく下回っていた。また、上述した請戸川本流と同程度のSS濃度であることから、木戸ダムによって土壌粒子の移動が抑制されていると考えられた。また、請戸川水系と同様、高水時でも溶存態137Cs濃度は平常時とほとんど変わらず0.1 Bq/L未満であった。
参考文献
- 原子力機構(2015)平成26年度東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約及び移行モデルの開発成果報告書
- 環境省(2017)福島県内の公共用水域における放射性物質モニタリングの測定結果(速報)(1-2月分)
- 中西(2014)福島長期環境動態研究 (F-TRACE) (3)河川調査、2014年版東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る廃止措置及び環境回復への原子力機構の取り組み
3. 河川における土砂堆積及び放射性セシウムの挙動
福島第一原発事故により放出された放射性セシウムの河川を介した移動に伴う放射性セシウム分布及び空間線量率分布の変化傾向の特徴が明らかになる(環境省2017;Kitamura et al.2014;Kitamura et al.2015;原子力機構 2013;原子力機構2015;Yamaguchi et al.2014)とともに、その変化を理解するために重要な放射性セシウムの河川中における動態についても知識が蓄積された。空間線量率については、事故後間もなくの土砂堆積によって、一部の河川では河川敷の線量率が周辺よりも高くなったが、以降、全般に物理減衰よりも早く減少することが確認された。河川敷土壌の深さ分布からも、空間線量率に影響を及ぼす表層土壌の放射性セシウム濃度が低下していく傾向が確認された。また、河床の放射性セシウム濃度は河川敷に比べて一桁から二桁低い濃度で推移していることが確認された。
(1) 河川敷の線量率分布
河川敷における空間線量率の時間変化について、平面分布とともに断面分布を測定している。これは、高水イベントによって運ばれる土砂が河川敷のどのような個所に堆積する可能性があるのか、河川水位との関係を把握するためである。調査対象としたいずれの河川においても、中~下流域の河川敷では、河道付近より一段高い高水敷において空間線量率が高くなる傾向が示された(図3.1)(中西2014;中西2015)。このような箇所では、植生群が分布しており、比較的放射性セシウム濃度が高い細粒の土砂が堆積し、空間線量率が高くなると考えられる。一方、河道付近は砂礫や砂が堆積し、空間線量率が低くなる傾向が認められた。河道付近では高水直後に一時的に放射性セシウムを含む土砂が蓄積しても、徐々に浸食されていくためである。上流域でも河道付近の空間線量率は低い傾向にあることが確認された。
高水敷の空間線量率も、時間とともに低下していくと考えられる。2013年1月から2015年11月までの、請戸川下流域における河川敷横断面の空間線量率分布の時間変化を図3.2に示す(中西2015)。2011年3月から2013年1月までの間に、比較的空間線量率の高い上流側から移動してきた放射性セシウム濃度の高い土壌粒子が堆積することによって、高水敷の空間線量率は周辺よりも高くなった。しかし、その後の継続調査から、高水敷の空間線量率は、放射性セシウムの壊変による物理的減衰(2013年1月から2015年11月までに36%)に比べて速い速度(65%)で低下していた。2015年9月関東・東北豪雨時の大出水においても、空間線量率の増加は認められなかった。上流にダムがあるため放射性セシウムを含む土砂の堆積量が少なかった、堆積土砂に含まれる放射性セシウム濃度が低くなってきた、土壌侵食によって放射性セシウムを多く含む土壌粒子が流出した等の理由が考えられる。
なお、上流にダムのない高瀬川河川敷においては、空間線量率は上記豪雨時に大きく低下した。これは、放射性セシウム濃度が低い上流の土砂が堆積したためと考えられる。
いずれにしても、これらの河川においては河川敷の空間線量率は今後も低下していくことが予測される。
(2) 河川敷の放射性セシウム分布
前項で示した、河川横断面の空間線量率と放射性セシウムの堆積環境の関係を明らかにするため、請戸川下流域の同一横断面上において、標高や堆積状況が異なる4箇所で、スクレーパプレートによる河川敷土壌の試料を異なる深さから採取し、放射性セシウム蓄積量の分布を比較した(図3.3)(中西2014)。河道付近では放射性セシウムの堆積が見られない一方、空間線量率が高く植生が分布する高水敷において放射性セシウム濃度が高いことが確認された。また、植生密度が高い地点程、放射性セシウムを含む土砂の堆積量が多いことも示された。これらの地点では、事故直後の初期沈着量(約600~1,000 kBq/m2、図中■)よりも有意に放射性セシウムの沈着量が多く(図中■)、河川系により上流から放射性セシウムを含む土砂が供給されていることが明らかになった。
上流から移動・堆積する放射性セシウム量の時間変化を評価するために、高水敷における放射性セシウム蓄積量の深さ分布を追跡調査した。請戸川と熊川の下流域における調査結果を図3.4に示す(中西2014;中西ほか2015)。2013年10月時点では、どちらも深さ7~8 cmの放射性セシウム蓄積量が最大で、それより深くなると急激に減少する。7 cmより深い部分(図中■)に蓄積する放射性セシウムは大気経由の初期沈着、浅い部分(図中■)は2013年10月までに上流から移動堆積した放射性セシウムに相当する。下流域に比べて上流域の放射性セシウムの蓄積量が少ない熊川では、土壌粒子とともに移動する放射性セシウムが少ないため、浅い部分の放射性セシウムの蓄積量は急激に減少する。一方、上流域の放射性セシウムの蓄積量が多い請戸川でも、熊川に比べると緩やかではあるものの、蓄積量が減少傾向にある。2014年12月時点では、両河川とも土壌表層(図中■)の放射性セシウム蓄積量が少なくなっている。この結果は、土壌表層に比較的放射性セシウム濃度の低い土壌粒子が堆積したため、あるいは堆積していた放射性セシウム濃度の高い土壌と交換したためと考えられる。いずれにしても、河川敷の土壌表層に存在する放射性セシウム濃度は、時間とともに減少傾向にあると考えられる(中西2016;中西ほか2016)。
あわせて、河川敷の放射性セシウム分布が河川の流域間で違いがあるかどうかを確認するため、富岡川を対象に調査を行った(図3.5)。調査においては、下流域と中流域を対象に、それぞれの河川敷と河川敷外で放射性セシウム分布を測定し比較を行った。
その結果、中流域では(図中②及び③)河川敷における濃度の方が河川敷外と比較して高いのに対し、下流域(図中①)では両者は同程度となっている。そのため、下流域の河川敷のうち放射性セシウムを含む土砂が堆積しやすい場所では、放射性セシウム濃度が増減を繰り返す傾向を示すことが分かった。また、他の浜通り河川水系でも同様の傾向が見られる。
(3) 河床の放射性セシウム分布
請戸川と小高川における河床の放射性セシウム濃度について、2013年1月から2015年11月までの時間変化を見ると、全体的に放射性セシウム濃度は同程度~低下の傾向にあった(図3.6)。また、河川敷に比べて、一桁から二桁、放射性セシウム濃度が低く、前項で述べた河道付近と同様、浸食が優位であることが示された。上流から移動してくる土砂に含まれる放射性セシウムの濃度が低下傾向にあることも、要因の一つと考えられる。
流域中で放射性セシウム濃度が比較的高い地点は、堰がある等の流速が急激に減少する地点であった。これは、流速の減少によりセシウム濃度が高い細粒の土砂が比較的堆積しやすいためと考えられる。請戸川では河口域で同様の現象による濃度増加の傾向が見られたが、小高川の河口域では逆に放射性セシウム濃度が顕著に減少していた。海水との接触により土壌に吸着した放射性セシウムの脱離が起こっている可能性が示された。
図3.6 富岡川の河川敷内外の放射性セシウム濃度の比較と土砂の流出・堆積挙動の概念
引用文献
- 環境省(2017)東日本大震災の被災地における放射性物質関連の環境モニタリング調査:公共用水域
- Kitamura et al.(2014) Predicting sediment and cesium-137 discharge from catchments in eastern Fukushima, Anthropocene 5, 22 (2014)
- Kitamura et al.(2015) Mathematical modeling of radioactive contaminants in the Fukushima environment, Nuc. Sci. Eng. 179, 104 (2015)
- 中西(2014)福島長期環境動態研究 (F-TRACE) (3)河川調査、2014年版東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る廃止措置及び環境回復への原子力機構の取り組み
- 中西(2015)福島長期環境動態研究 (F-TRACE) (3)河川調査、2015年版東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る廃止措置及び環境回復への原子力機構の取り組み
- 中西(2016)福島長期環境動態研究 (F-TRACE) (3)河川調査、2016年版東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る廃止措置及び環境回復への原子力機構の取り組み
- 中西ほか(2016)福島県浜通り地域の河川における放射性セシウムの移行挙動、日本原子力学会2016年秋の大会予稿集、1J01.
- 中西ほか(2015)福島長期環境動態研究:(9)河川敷における放射性セシウムの堆積挙動、日本原子力学会2015年秋の大会予稿集、p559.
- 日本原子力研究開発機構(2014)福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の長期的影響把握手法の確立 成果報告書
- 日本原子力研究開発機構(2015)平成26年度東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の分布データの集約及び移行モデルの開発 成果報告書
- Yamaguchi et al.(2014)Predicting the long-term 137Cs distribution in Fukushima after the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant accident: a parameter sensitivity analysis, J. Environ. Radioact. 135, 135