浪江町林野火災に伴う放射性物質の環境影響把握のための調査結果について

※本解説は「福島県放射線監視室、環境創造センター(福島県、日本原子力研究開発機構、国立環境研究所)、福島県原子力発電所の廃炉に関する安全監視協議会平成29年度第3回環境モニタリング評価部会 資料3-1(平成29年12月6日)」による。

1. はじめに


平成29年4月29日に出火した浪江町の林野火災は、約 75ha を焼損し、 5月10日に鎮火した。その間、県では可搬型モニタリングポストによる空間線量率のモニタリングに加え、ハイボリウムエアサンプラによる大気浮遊じんの測定等も行った(5月1日~5月17日)。その結果、空間線量率については、 既存のモニタリングポスト及び追加のモニタリングとも大きな変動は見られなかったが、大気浮遊じんのモニタリングにおいて、放射性セシウム濃度の変動が認められたことから、これらの変動の要因や火災中及び鎮火後における周辺環境への影響を詳細に把握するため、飛散物の分析や河川等への流出状況などの調査を実施し、その結果をとりまとめた。

図1 位置図

図2 空間線量率の測定結果

図3 大気浮遊じん中の137Cs濃度

2. 調査実施機関


環境創造センター(福島県、日本原子力研究開発機構、国立環境研究所)

3. 調査結果


(1) 大気浮遊じん等の飛散物

① ハイボリウムエアサンプラで捕集された大気浮遊じん中のレボグルコサン(植物の燃焼指標)を分析したところ、火災中の大気濃度は高く、鎮火後に低減しており、レボグルコサンの大気濃度の変動は林野火災の影響を反映していると考えられた。しかしながら、火災時に捕集された大気浮遊じんの放射性セシウム濃度とレボグルコサン濃度との間には明確な相関性は認められなかった。
※大気浮遊じん中の放射性セシウムが最大の濃度を記録したのは鎮火後の5月12日石熊公民館である。(25.5mBq/m3)

図4 レボグルコサンの分析結果

② 大気浮遊じんを捕集したろ紙上の放射性セシウム濃度の測定をしたところ、放射性物質が不均一に分布していることが確認された*

③ ろ紙上に捕捉された粒子数(実体顕微鏡下で認識された数μm 径以上の大きさの粒子。以下「捕捉粒子数」。)と、ろ紙の放射性セシウム濃度には良好な相関関係があった。

④ 「やすらぎ荘」と「野上一区地区集会場」のろ紙上の捕捉粒子数と風速に相関があったが、「石熊公民館」では相関が無かった。

* : イメージングプレートを用いたオートラジオグラフィを 24 時間実施した条件下

図5 相関図 顕微鏡観察視野(1740μm×1200μm)あたりの捕捉粒子数と風速(気象庁_浪江町気象データ)の関係

⑤ 9月25日から10月2日にかけて、5月に大気浮遊じんの調査を行った3か所において、通常時(火災の影響が無い状態)の大気浮遊じん中の放射性セシウムの調査を行った。調査期間中における3地点の風速はいずれも平均2m/s未満であった。同期間中、「石熊公民館」周辺では大型ダンプの往来が多数確認された。

⑥ 通常時(9/25~10/2)における137Csの濃度は下記のとおりであり、 林野火災時の濃度と比較すると「やすらぎ荘」で火災時にやや高いものの、 他の2地点では同等の値であった。

施設 放射性セシウム濃度[mBq/m3]
通常時(9/25~10/2) 火災時(5/1~5/17)
やすらぎ荘 ND~0.88 ND~3.59
石熊公民館 1.99~21.3 ND~25.5
野上一区地区集会所 ND~1.22 ND~1.35

図6 3地点における通常時風向・風速とCsの関連性を示すデータ
(9月~10月に観測された137Csダスト濃度と風速データ)

⑦ 林野火災時の大気浮遊じんの結果から内部被ばく線量を以下の仮定に基づき算出した。その結果、一般環境中でヒトが1年間に天然の放射性物質の吸引による内部被ばく線量(0.48 mSv)と比較しても影響は非常に小さいと考えられる。

仮定条件: 調査実施期間の内部被ばく線量をもとに1日8時間、当該エリアにおいて年間250日間復旧業務等に従事し、この場所の空気を吸い続けたと仮定

  • やすらぎ荘…0.000097mSv
  • 石熊公民館…0.00031mSv
  • 野上一区地区集会場…0.000020mSv
内部被ばく線量[mSv/日] =
大気浮遊じんの放射性セシウム濃度[mBq/m3] × 呼吸率(22.2m3/日) × 実効線量係数[mSv/Bq] ÷ 1000

※実効線量係数
  • 134Cs:0.000020
  • 137Cs:0.000039

(2) 河川・沢水等への流出状況

① 消火時の放水に伴う灰及び土壌の流亡や燃焼したリター層等の増加に伴い、河川への流出放射性セシウムの流出量増加が懸念されたため、七日沢や前田川・高瀬川の放射性セシウムの調査を5月末から行っているが、平水時においてはこれまでのところ放射性セシウムの影響は認められていない。

図7 平水時の前田川(左)および高瀬川(右)における火災前後の懸濁態(上) および溶存態(下)セシウム濃度の変化

図8 森林斜面における137Cs流出率(上表)及び降雨量に対する単位面積あたりの137Cs流出量(右下グラフ)
降雨量に対する137Cs流出量は、延焼地と非延焼地の差異が徐々に低下する傾向を示す(右下グラフ)

② 今後しばらくは尾根部を主とした延焼部から炭や灰などが河川に供給される可能性があるため、さらに観測を継続する。

③ 現在、下流に位置する貯水池についても調査を進めており、火災由来のものが堆積しているかどうかを今後評価する予定。

(3) 空間線量率

① 火災時において既存のモニタリングポスト及び追加調査において空間 線量率に大きな変化は見られなかった。

② 林野火災エリア周辺で空間線量率分布を5月~6月に実施し、火災発生前の3月に実施した測定結果と比較したところ、線量率の変化はほとんど認められなかった。

図9 火災前後の空間線量率分布の比較(赤線は焼損範囲)

③ 火災エリアの一部を含む周辺を無人ヘリで測定・評価した範囲についても、線量率の変化は認められなかった。

4. まとめ


  1. 林野火災によって発生した大気浮遊じんは、植物の燃焼指標であるレボグルコサンの分析結果を考慮すると、周辺に飛散していたと考えられる。しかしながら、火災時に捕集された大気浮遊じんの放射性セシウム濃度 とレボグルコサン濃度との間には明確な相関性は認められなかった。また、測定された放射性セシウム濃度から推計された内部被ばく線量は非常に小さかった。一方で、大気浮遊じんの調査地点の現況(放射性セシウム沈着量が現在も多いこと、また、除染も実施されていないこと)を踏まえれば、調査地点周辺での土壌の巻き上げも大気浮遊じん中の放射性セシウム濃度の上昇につながる要因と考えられることから、今後詳細な調査(性状把握のため粒径、化学組成分析等)が必要である。
  2. 河川・沢水等への流出状況については、火災により燃焼したリター層等の増加による河川等への流出が懸念されたが、七日沢、前田川、高瀬川の定期的な追跡調査の結果、平水時においては火災の影響は認められなかった。
  3. 空間線量率については、火災による影響はほとんど認められなかった。

5. 今後について


林野火災による周辺への影響を把握するための調査は下記の項目のとおり実施しており、現在実施中の調査もあることから、それらの結果についてはまとまり次第報告する予定としている。

① 飛散物の分析
  •  ア ろ紙の表面分析及び破壊分析
  •  イ 地衣類の採取と表面分析
② 空間線量率への影響調査
③ 放射性セシウム流出挙動への影響
  •  ア 沢水の水質測定
  •  イ 前田川及び高瀬川水系の採水・採泥と特性評価
  •  ウ 燃焼度に応じた灰・土壌のセシウム溶出試験
  •  エ 森林内斜面における土壌流出挙動の調査
④ 森林内放射性セシウム分布状況への影響調査
⑤ 火災時の放射性セシウム挙動の解析
⑥ 火災による野生生物への影響調査

参考文献

  1. 福島県放射線監視室、環境創造センター(福島県、日本原子力研究開発機構、国立環境研究所)、“浪江町林野火災に伴う放射性物質の環境影響把握のための調査結果について(中間報告)”、福島県原子力発電所の廃炉に関する安全監視協議会平成29年度第3回環境モニタリング評価部会、資料3-1(平成29年12月6日)