研究開発成果
令和7年2月28日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
福島廃炉安全工学研究所
異なるアルファ核種を現場で識別する新技術が廃炉作業を加速化
-サバンナリバー国立研究所(SRNL)で高性能アルファイメージング検出器の実証試験に成功-
【発表のポイント】
● 福島第一原発(1F)の廃炉作業では、アルファ核種を含むダスト(アルファダスト)による内部被ばくの評価が重要ですが、従来の測定器では全体の放射能量しか測れず、迅速な評価が困難でした。
● そこで、原子力機構はYAP:Ceシンチレータを用いた 高性能アルファイメージング検出器を開発し、アルファ核種の種類や放射能量を個々の粒子レベルで識別できるようにしました。
● 性能評価では、従来の ZnS(Ag)シンチレータの約 8倍の精度 を確認し、さらに、アメリカの サバンナリバー国立研究所(SRNL)で実試験を実施し、その性能を実証しました。
● また、過去に開発された粒子サイズ推定手法と組み合わせることで、ダストの粒子サイズ評価も可能になりました。
● この技術により、廃炉作業の加速化に貢献できます。

図1 高性能アルファイメージング検出器 概要
エネルギー分解能や空間分解能に優れた、セリウムを添加したYAPシンチレータを使用することで、現場でのアルファ核種の種類の識別と汚染分布の可視化を可能としました。
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 小口正範、以下、「原子力機構」) 福島廃炉安全工学研究所 廃炉環境国際共同研究センター 環境モニタリンググループ(南相馬市) の森下祐樹研究主幹の研究グループでは、現場で迅速に粒子ごとのアルファ核種の種類とその放射能量を識別可能なセリウムを添加したYAP(イットリウム・アルミニウム・ペロブスカイト)シンチレータ(以下、「YAP: Ceシンチレータ」)を用いた高性能アルファイメージング検出器を開発しました。
1Fの廃炉作業では、アルファ核種を含む微粒子(以下、「アルファダスト」)が吸入時の内部被ばくに大きく影響します。アルファ核種は核種ごとに被ばくへの寄与が異なるため(表1)、現場で効率的に核種を識別し、放射能量や粒子サイズなど被ばく評価に必要な情報を取得する技術が求められています。従来から現場で汎用的に利用されているZnS(Ag)シンチレータを用いたサーベイメータは、測定範囲に分布する全アルファダストの総放射能量しか測定できません。そのため、核種の同定や粒子サイズの情報を得るためには、現場での試料採取、実験室での複雑な前処理作業、その後の各種室内分析が必要となり、評価結果を導くまでに時間がかかるという課題がありました。
我々が今回開発した検出器と過去に開発したモンテカルロシミュレーションに基づく粒子サイズ推定手法[1]を組み合わせることにより、現場で迅速に粒子ごとのアルファ核種の同定、放射能量及び粒子サイズの定量化が可能になりました。
アルファ線の密封線源(241Am線源)で性能評価を行った結果、エネルギー分解能が半値幅で0.29 MeVを実現し、従来、汎用的に利用されているZnS(Ag)シンチレータ(エネルギー分解能が半値幅で2.35 MeV)に比べて約8倍高い性能で核種を識別できることが実証されました。
国内ではアルファダストの実試料を用いた性能確認試験が難しいため、アメリカのサバンナリバー国立研究所(SRNL)の協力のもと、現地にてエネルギーレベルの異なる2種類のアルファ線核種、238Pu(エネルギー5.50 MeV)および237Np(4.79 MeV)、を含む酸化物粒子のサンプルを用いた試験を実施しました。その結果、238Puおよび237Npを現場でリアルタイムに識別測定できることを実証しました。
本検出器は、3~8 Mev程度のエネルギーを有するアルファ核種の識別に適用可能です。これにより、廃炉作業時のアルファダストによる吸入時の内部被ばく評価に必要な情報を、従来よりも現場で迅速かつ効率的に取得でき、廃炉作業の加速化に貢献することが期待できます。
本研究成果は、国際学術雑誌「Radiation Measurements」のオンライン版に2025年1月6日に、関連する成果は「Radiation Protection Dosimetry」のオンライン版に2023年8月に掲載されました。
表1 主なアルファ核種とエネルギー、半減期、及び線量係数
核種 | エネルギー (MeV) |
半減期 (年) |
線量係数(タイプM、吸入摂取の場合) (e(50),Sv/Bq)*1 |
U-238 | 4.20 | 4.47E + 09 | 1.6E-06 |
U-235 | 4.40 | 7.04E + 08 | 1.8E-06 |
Pu-238 | 5.50 | 8.77E + 01 | 3.0E-05 |
Pu-239 | 5.16 | 2.41E + 04 | 3.2E-05 |
Pu-240 | 5.17 | 6.54E + 03 | 3.2E-05 |
Am-241 | 5.49 | 4.32E + 02 | 2.7E-05 |
Np-237 | 4.79 | 2.14E + 06 | 1.5E-05 |
Ra-226 | 4.78 | 1.60E + 03 | 1.2E-05 |
*1 単位摂取当たりの預託実効線量。預託実効線量とは、放射性物質を1回だけ摂取した場合に、それ以降の生涯(公衆の大人の場合50年間)にどれだけ放射線を被ばくすることになるかを推定した被ばく線量のことです。
【研究の背景と目的】
今後、1F廃炉作業では、燃料デブリの取り出し作業が本格化します。それに伴いアルファ核種を含む微粒子(アルファダスト)の飛散、それを作業員が吸入することによる内部被ばく影響が懸念されます。
アルファ核種は核種ごとに被ばくへの寄与が異なるため、如何に迅速かつ効率的に核種を識別し、被ばく評価に必要となる放射能量や粒子サイズなどの情報を取得するかが、廃炉作業の安全性及び加速化の観点から重要です。
通常、核種の同定や粒子サイズの情報を得るためには、現場での試料採取、実験室での複雑な前処理作業、その後の各種室内分析が必要となり、評価結果を導くまで時間がかかることが課題でした。
そこで研究グループは、現場で迅速に被ばく線量評価に必要となるアルファ核種の同定、放射能量や粒子サイズの定量化に主眼を置き、これまでにない検出器の開発に取り組みました。
【開発内容と成果】
・開発内容
製作した検出器は、YAP:Ceシンチレータ(厚さ0.1 mm、直径50 mmのセリウム(Ce)を添加したYAP(イットリウム・アルミニウム・ペロブスカイト)シンチレータ)、厚さ3 mm、50 mm×50 mmのアクリル製ライトガイド、そしてマルチアノード光電子増倍管(H12700A、浜松ホトニクス株式会社)で構成されています。
位置感知型光電子増倍管からの信号は、前置増幅器および加算増幅器を介してアナログ信号に変換されます。これらの信号は増幅器で増幅されるとともに、デジタル変換され、フィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)に送られます。FPGAは、信号比に基づいてアルファ粒子の入射位置とエネルギーを計算します。微粒子を測定するため、拡大してアルファ線をイメージングできるように、また、3~8 MeVのアルファ核種のエネルギーを精度よく識別測定できるようにFPGAや回路の設定値などを新しく構築しました。
・線源試験
製作した検出器を用いて、241Am点線源を測定した結果、エネルギー分解能は5.27% FWHMでした。これは、従来から現場で汎用的に利用されているZnS(Ag)シンチレータに比べて約8倍良い精度でした。また、241Am点線源の点拡がり関数から空間分解能を評価した結果、空間分解能が約195.4 μmであることが分かりました。これは隣接する2つの粒子に対して、それぞれ個別に核種の同定、放射能量を測定できることを意味します。さらに、2π方向の検出効率は、88.5%で、検出効率の面でもZnS(Ag)シンチレータと遜色ない結果であることを確認しました。
・実試料を用いた国外での性能確認試験
開発した検出器は、国内での性能確認試験が難しいため、アメリカのサバンナリバー国立研究所(SRNL)の協力のもと、現地にてエネルギーレベルの異なる238Puおよび237Npを含む酸化物粒子のサンプルを用いた性能確認試験を実施しました。図2は、粒子の光学顕微鏡画像と開発した検出器で取得したアルファイメージング画像を示します。矢印は粒子の位置を示しており、光学顕微鏡で見た粒子の分布はアルファ線の分布と一致しており、大きいサイズの粒子ほどより高い放射能(より高いアルファ線計数)であることがわかりました。

図2 粒子の光学顕微鏡画像(左)とアルファイメージング画像(右)
図3に個々の粒子のエネルギースペクトルを示します。すべての粒子において、237Np(4.79MeV)と238Pu(5.50MeV)の2つのピークが確認されました。この結果は、現場で異なるアルファ核種を直接測定・識別し、粒子毎の放射能分布から粒子径分布へと換算できることを示しています。

図3 個々の粒子のエネルギースペクトル
1つ1つの粒子のエネルギースペクトルを測定し、237Np(4.79MeV)と238Pu(5.50MeV)の2つのピークが確認されました。これは粒子毎に表1に示した核種のエネルギー領域ごとの放射能量を評価できることを意味しています。この情報は内部被ばく評価に重要となります。
【波及効果と今後の展望】
本研究では、現場で異なるアルファ核種の測定ができるアルファイメージング検出器を開発しました。サバンナリバー国立研究所(SRNL)でのアルファダスト試料の測定に成功し、個々の粒子の放射能とエネルギースペクトル(核種の種類)を同時に測定できることを実証しました。
さらに、著者らが過去に開発したモンテカルロシミュレーションによるエネルギースペクトルの形状から粒子径分布を推定する手法を組み合わせることにより、粒子径分布を推定することが可能になります[1]。
本検出器は迅速にアルファ線をイメージングできることから、医療分野など原子力以外の分野での応用も期待されます。
【書誌情報】
雑誌名: Radiation Measurements
論文題名: “An alpha imaging detector for on-site measurement of Plutonium and Neptunium”(プルトニウムとネプツニウムを現場測定するためのアルファ線イメージング検出器)
著者名:Yuki Morishita1*, David P. DiPrete2, Travis Deason2, and Ryuji Nagaishi1
所属: 1 日本原子力研究開発機構廃炉環境国際共同研究センター、2 サバンナリバー国立研究所
(*:責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.radmeas.2024.107366
(各研究者の役割)
森下祐樹 (原子力機構): 研究計画立案、手法構築、試料測定、データ解析、原稿作成、原稿校閲
永石隆二 (原子力機構): 研究計画立案、原稿校閲、研究総括
David P. DiPrete, Travis Deason(サバンナリバー国立研究所):試料調整・準備、測定支援、原稿校閲
雑誌名: Radiation Protection Dosimetry
論文題名: "Development of a method of evaluating PuO2 particle diameters using an alpha-particle imaging detector." (アルファ線イメージング検出器を用いたプルトニウム粒子の粒子径を評価するための手法の開発)
著者名:Morishita, Yuki1*, Naoki Sagawa2, Chie Takada2, Takumaro Momose3, and Koji Takasaki1.
所属: 1 日本原子力研究開発機構廃炉環境国際共同研究センター、2 日本原子力研究開発機構核燃料サイクル工学研究所、3 日本原子力研究開発機構福島廃炉安全工学研究所
(*:責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1093/rpd/ncad186
(各研究者の役割)
森下祐樹 (原子力機構): 研究計画立案、手法構築、データ解析、原稿作成、原稿校閲、研究総括
佐川直貴 (原子力機構): 研究計画立案、試料測定
高田千恵、百瀬琢麿、高崎浩司(原子力機構): 内部被ばく評価に関する指導助言、原稿校閲
【用語解説】
※1 YAP: Ceシンチレータ
Yttrium Aluminium Perovskite (イットリウム・アルミニウム・ペロブスカイト*)にCeを添加した無機化合物シンチレータの結晶。高速減衰時間で高密度による優れた放射線の阻止力を有する。
* ペロブスカイトとは灰チタン石(CaTiO3)。
※2 エネルギー分解能
放射線のエネルギー測定の精度を表す指標のこと。この分布の幅が狭いほど、放射線のエネルギー分布が精度良く測定できます。
※3 空間分解能
放射線の位置測定の精度を表す指標のこと。この値が小さいほど、隣接する粒子を分けて測定することができます。
※4 アルファ線
放射線の一種であり、陽子2個・中性子2個からなるヘリウムの原子核で、紙1枚でさえぎることができます。外部被ばくは問題となりませんが、アルファ線による内部被ばくが問題となります。
※5 シンチレータ
放射線があたると、蛍光を発光する特性を示す物質のことです。光検出器と組み合わせて放射線検出器を構成します。
※6 モンテカルロシミュレーション
乱数を用いてシミュレーションを繰り返すことによって放射線の輸送計算を行う手法のこと。
※7 プルトニウム
原子番号94の元素で、記号Puで表示されます。プルトニウム241以外はアルファ線を放出する核種です。原子力発電の燃料に使われる人工元素であり、天然にはほとんど存在しません。原子炉でウラン燃料を核分裂させるとプルトニウムができます。
※8 ネプツニウム
ネプツニウム237 は、アルファ線放出核種であり、原子炉内で生成されます。ネプツニウム237 は使用済み核燃料の再処理や高レベル放射性廃棄物の処理処分上、重要な分析対象核種となっています。
※9 フィールドプログラマブルゲートアレイ
再構成可能なロジックとデジタル回路を提供する集積回路 (IC) の一種で、ユーザーが特定の要件に応じてその機能を構成できます。