インタビューINTERVIEW

福島環境安全センター、
油井センター長に聞く。

東京電力(株)福島第一原子力発電所の事故から5年が経過しようとしています。福島環境安全センターがこれまで「ふくしまの環境回復を目指して」取り組んできた成果とは?
そして、更なる環境回復と創造に向けて昨年4月、私たち日本原子力開発機構(以下、原子力機構)は福島県、国立環境研究所(以下、国環研)と調査研究で連携する協定を締結。新たな取り組みもスタートした今、今後のふくしまの環境回復に向けた展望や思いを油井センター長に聞きました。

除染方法の開発に挑んだ事故直後、そして、現在の課題は――。

――事故直後と現在では福島環境安全センターの果たすべき役割も変わってきているのでしょうか?

 我々のミッションは、福島環境安全センターが設置された平成23年11月(前身の福島事務所は同年6月設置)と今とでは当然変わっています。事故直後は、どう除染すればいいかがミッションでした。除染の方法さえ誰もわからない状態で私たち原子力機構は、対処法を求められたわけです。内閣府からはモデル事業を受託し、汚染の状況がどの程度なのか、除染をどのようにすればいいか、実証試験を行いました。また、除染の対象は住宅地から森林、田んぼ、畑などいろいろあるわけです。当初はその方法を開発することが大きなミッションでした。
一方で文部科学省、次に原子力規制庁からの委託で、放射線量率や放射性物質の分布はどうなっているのか調べてほしいという要請もありました。福島県だけではなく東北、関東を含む地域がどうなっているのか。時間と共に放射線量率等の分布は変わるわけですが、これを調べてほしいと。この2つが当初は大きかったですね。
この私たちが調べた情報が、避難区域の設定・見直しの材料になりました。ですから当初は避難区域の設定と、どう除染すればいいか、ここにミッションがあったわけです。

――時間の経過と共に果たすべき役割も違ってきたわけですね。現在の課題は?

 除染が進んで国直轄除染と自治体除染の2つに分かれて行う段階になると事業主体は環境省が中心になりました。そこで私たちの次の使命は、帰還に向けて安全・安心のためには何をすればいいのか、という点にシフトしたのです。
福島県の7割は森林が占めています。森林の場合、今の除染のガイドラインだと住居から20mのところまでしか除染はしないという基本方針があったので、7割を占めている森林が除染せずに残ってしまいます。住民は帰ってきて大丈夫なのか、森林からセシウムは流出しないのか、この対策を考えるのが1番目の課題です。
次に、除染により発生する除去土壌等の問題。東京ドーム18杯分ともいわれる膨大な除去土壌等が出るものと想定されていて、中間貯蔵施設に持ち込まれます。この廃棄物を今後減容・再利用できるものと本当に処分するものに分けなくてはいけません。この分別・減容処理技術の開発・評価をし、再利用方法の戦略を立案するための基盤整備が2番目の課題です。3番目が、いまだ除染の見通しのない帰還困難区域の見通しをどうするかという問題。そして4番目は、3番目とも関係してくるのですが「1ミリシーベルト以下じゃなければ帰ら ない」と仰っている人たちの誤解を解くことです。20ミリシーベルト以下なら国は帰還してもいい、としているわけで、その安全基準はICRP(国際放射線防護委員会)の国際的な考え方でもあるわけです。
この4つが国や自治体が除染を進めている状況において私たち国の研究機関に課せられた重要な課題だと考えています。

除染方法ガイドラインの基礎づくりから福島県民との対話まで多岐に活動。

――これまでの成果は?

 事故直後に誰もどうすればいいかわからなかった除染の方法をガイドラインにするための技術基盤を構築したことです。森林、道路、居住地域、田んぼや畑までいろいろな場所でどんな除染が適した方法なのかを導き出しました。ガイドラインにしたのは環境省なのですが、そのベース構築は原子力機構が主導的役割を果たしたと考えています。
2つ目が放射線量率等の分布がどうなっているのか、ということです。事故直後からずっと追いかけています。人間が手で測ったり、車に乗せて測ったり、航空機モニタリングを使ったり、随時、定期的に時間の変化と共にどう変わっているのかを常に追いかけて、そのデータに基づき帰還区域の見直しも行われてきました。また、今もそのデータを基に5年後、30年後、50年後を予測する基礎になっています。
3つ目は、放射線計測の手法をいろいろ確立してきて、その一部を土地改良事業団体連合会が運営する「水土里ネット」と呼ばれる組織に技術移転していることです。福島県にはため池が3500ほどあり、そのため池の底にたまった放射性セシウムをどうにかしないといけません。被災した地域の農業の復興を推進するために私たちは農業用ため池底の放射能分布マップを作成できる技術を開発しました。技術の民間移転の一環として水土里ネット福島と原子力機構は技術指導契約を締結しています。技術移転の事例は他にもあります。
それから「放射線に関する質問に答える会」を開催していること。福島県内の小・中学校、幼稚園、保育園の児童・園児の保護者の方や先生方を対象に、これまで248ヵ所で約2万人(平成27年12月現在)の参加者の疑問や不安にお答えしてきました。当初は「放射線て何だ」「どれくらい危ないの」という内容がメインでしたが今は「本当に帰って大丈夫なのか」「森林は除染していないけど、どうするの」とか帰還に向けての不安に関する内容も多くなってきています。なるべく一対一の質問ができるように丁寧な対応に心がけています。
また、避難区域の各自治体に赴き、首長さんたちからの悩みや苦しみ、要望などを聞き、各関係機関と協力しながらできることには対応するよう努力もしてきました。

福島県、国立環境研究所と連携、3者の共同で早期の環境回復と将来にわたり安心して暮らせる環境の創造を。

――新たな取り組みもスタートしたようですが?

 県が福島県環境創造センターを建設、環境回復と創造のための様々な研究を県や国環研と原子力機構が協力してやっていこうという締結を結びました。三春町と南相馬市の2ヵ所の施設で今年4月から本格的に稼働する予定です。三春町の施設の本館は、昨年10月27日に開所式を行いました。研究棟などは今年4月以降の業務開始になります。今年度末には交流棟もできる予定です。放射線計測から環境動態、除染・廃棄物、環境創造などの研究がテーマになります。
さらに、昨年11月16日には南相馬市の施設の開所式も行われました。施設の正式名称は、「環境放射線センター」と呼んでいます。ここは環境創造センターの支所的な拠点で、放射線監視の業務が中心となります。ここでは無人ヘリコプターや無人飛行機などを使った放射線の遠隔計測技術開発を行います。

――それぞれの役割分担を教えてください。

 3機関が共同でまずは10年のスパンで研究を行います。第一フェーズが平成27年度からの4年間、第二フェーズが3年間、第三フェーズが3年間の計10年間の計画です。当初の4年間の計画は、近々の課題である除染とか廃棄物の問題など環境回復に重点を置き、徐々に環境創造にシフトしていこうという計画です。その中で私たちが中心となる分野は、環境回復だと考えています。私のイメージとしては、(環境回復に向けて)基礎基盤を国環研が担当して、その応用技術の開発を私たち原子力機構がやり、実際の実用に福島県や各自治体が使う、そんな分担を思い描いています。でも、どう連携すれば最も効果的なのかまだ協議している最中なんです(平成27年12月末時点)。いま福島市に活動拠点を置いている福島環境安全センターの職員も一部の県庁対応の事務職員を除いて4月中には全員、三春町施設か南相馬市施設に活動の拠点を移します。

研究開発の立場で、力づけ、勇気づけしたい。

――油井センター長は福島に来て、まもなく3年が過ぎようとしていますが今のお気持ちは?

 今もって10万人を超える人が避難しています。風評被害もいまだにあります。一方、福島からの距離や原発事故からの時間の経過と共に、事故当初の気持ちが薄らいでいくように感じます。私はそのようなことに危惧を抱いています。
また、食べ物でも地域でも安全を示す国際的な基準があるわけです。でも、現実にはそれを受け入れない人たちが存在します。国際的な基準で安全と言ってるわけですから、それを受け入れないと前には進まない。風評被害もなくならない。事故から5年が経とうとしているのに「放射能が怖い」ではいけないと思うんです。よく言われるように「正しく怖がり」、福島の内側から変わっていかないと。未来を見据えたとき、5年経って冷静に福島県の人も自分たちを第三者的な視点で見ることも必要だと個人的には思います。

――最後に今後の意気込みをお聞かせください。

 チェルノブイリの事故で汚染が酷かったベラルーシの森林を管理している男性が言った言葉ですが「被ばくが重要なのではない。重要なのはempowermen(この意味は“勇気づけ”のことだと思います)なのだ」と。要するに立ち上がろうとする住民をいかに勇気づけるかだと。被ばくが問題なのではない、変えようと思うやる気があれば変えられる、と言ったそうです。だから研究開発する私たちは、そんな変えようと頑張る人を力づけ、勇気づけすることが一番大事だと考えています。10万人を超える人がまだ避難している現実において、私たちがすぐに問題解決できるわけではありませんが、戻ろうとする人、農業を復活しようとする人、そんな、復興に向けて頑張る人たちを、私たち原子力機構は全力でバックアップしていきたいと思います。

油井 三和福島研究開発部門 福島環境安全センター長

理学博士。長野県出身。原子力科学研究所(東海村)副所長を経て平成25年4月福島へ。平成26年4月現職に着任。